フィリアが与えられた部屋と同じような一室の中、リクはテラとしかめっ面で書面を見ていた。

「昼に行動可能なヴァンパイアの集団か」

 リクの文字を目で追いながら、テラが唸る。リクはもう一つの紙束を机の上に広げながら言った。

「責任者を支配して、定期的に健康な子供を手に入れていたようだ。食用と雑兵、そして花嫁ってところだな」

 考えるだけで反吐が出るような所業だが、リクはそれを面に出さないよう勤める。私情は正確な判断の基準を歪めるからだ。

「資金難の施設への援助――よく考えたものだ」

 テラは資料を机に置き、そのまま右手を顎に添える。熟考するときの彼のクセだ。

「やつらが人ではなく、施設だけを消した理由……そこに、この場所の本当の目的がありそうだな」
「心当たりなら、ひとつ」

 リクの目が鋭くなる。

「やつらは、わざわざナミネという少女を連れ去った。誰かの花嫁かとも思ったが――フィリアをあっさり諦めている点からして、その可能性は考えにくい」
「フィリアは、その子について何か言っていたか?」
「目ぼしいことは何も。他の施設の者からも、得に有益な情報はなかったらしい」
「……そうか」

 テラは大きく息を吐くと、背もたれに寄りかかった。リクも肩から少し力を抜く。

「俺たちからの報告はこれくらいだ。テラ、そっちは目標の手がかりを掴んだと聞いた」
「ああ。今、アクアが真偽を確かめてる。当たりなら、今月中にでも会えるだろう」

 そうか、と答えながら、リクは視線を机に向けた。

「それだと、あまり時間はないな」
「すまない……だが、やつらを逃すわけにはいかない」
「わかってる。俺たちだけになっても、必ず彼女をカイリの元へ届けるさ」

 懐かしい名を呼んだときだけ、リクの目もとが柔らかくなる。その微かな油断を見逃さず、気づいたテラが叱るように言った。

「リク。休めと言っただろう」

 言われたリクは驚き、そして眉をしかめる。

「これは、大したことじゃない」
「フィリアにはソラがついてるし、今日はもう、この教会の中からは出ないはずだ」
「あの二人は、ここまでだけで二回もはぐれているんだぞ。念のためだ」
「彼女がここから逃げ出すと思ってるのか?」
「……まだ信用できないからな」

 リクは疲労の滲んだため息を吐いた。

「気の毒だと思ってるさ……今までやつらに騙されていた挙句、今も、ロクサスのエサとして俺たちに利用されてる」
「リク」

 リクはテラの咎めるような声に少し黙り、気まずげに続ける。

「彼女が素直に感情をぶつけてくる性格ならまだ楽だった……ソラが気にしてる」
「おまえもだろう。あちこちに力を使いすぎだ」
「ああいう、感情を内に押し隠すタイプは苦手なんだ。不満を隠し、繕って、突然、勝手なコトをする」
「まるで昔の自分のよう――か」
「……」

 テラが腕をのばし、口を結んだリクの頭をぽんぽん撫でる。

「そんなに自分を責めてやるな。……だいじょうぶだ。今は俺たちもいるだろう」
「ああ……」

 言いながら、リクはそっと視線を落とした。テラは少し寂しげに微笑んだあと、ゆっくりリクから手を離す。

「話が逸れてしまったな。戻そう」

 テラは椅子の前に重心を移した。内緒話をするかのように、声を低く、小さくする。

「リク。やつらはフィリアを取り返しにくると思うか?」

 迷いなく、リクは頷きを返す。

「微かだが、闇のにおいがずっと追いかけて来ている。昨日は違うやつが来たが、ロクサスは彼女に執着していた。近々、必ず取り戻しに来るはずだ」
「俺たちと同じ武器を使うヴァンパイアか――必ず倒してやらないとな」
「…………」

 その言葉を呟いたときだけ、テラの顔に嫌悪が浮かんだ。リクも同じ気持ちであったため、何も言えなかった。




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