テラと合流した次の日。フィリアたちは朝早くから街を出て、半日以上をかけて更に東の街に移動した。
 前の街よりは小規模だが、この街もなかなかに栄えたところで、大きな教会を中心に同じ屋根色の家々が円のように広がっている。道には几帳面にレンガが敷き詰められており、街の中心を流れる川の橋たちには精巧な石像が飾られていた。

「……ソラ。どうして、みんな見てくるの?」

 周囲の視線に耐え切れず、フィリアは隣を歩くソラに話しかけた。この町についてからというもの、会う人全てがフィリアたちを見て足を止め、笑顔で囁きあったり手を振ってきたり、好意的な態度を見せる。

「俺たち、この町じゃ有名だから」

 小さな子どもに手を振り返しながら、ソラがのんびりした口調で答えた。先日よりも疲労の色が濃い顔をしたリクが、視線だけでフィリアたちを振り向く。

「正確には、俺たちというよりヴァンパイアハンターが、だな」

 よくわからなかったフィリアが小首を傾げると、リクの隣にいたテラも振り返った。

「この街は対ヴァンパイアの意識がちゃんと高いんだ。ほら、街の中心に教会があっただろう?」

 現在、フィリアたちが歩いている場所からは家屋のせいで見えないが、フィリアは街に着いたときに見かけた立派な教会を思い出しながら頷く。

「あの教会が中心になって、俺たちに協力してくれているんだ」
「対ヴァンパイアの意識っていうのは?」
「たとえばさ、ここの人たち、みんな十字架を持っているだろ?」

 ソラの言うとおり、フィリアは人々が首や腰に銀色の十字架をぶら下げているのを確認した。

「力を籠めた十字架ならヴァンパイアを怯ませるくらいならできるし、川に逃げ込めば、ヴァンパイアは水を超えることができないから」
「そうなんだ……」
「だがそれも、有効なのはザコまでだ。やつらには意味がないから、間違えないようにな」

 リクの言葉が指す相手が誰か問わずともわかり、フィリアは気持ちのままに下を向く。
 狭い通路が終わり、一気に視界が広がった。教会がある白い広場に着いたのだ。四人はまっすぐ飾り彫がされた扉を開き、薄暗い教会の中へと入ってゆく。










「では、マスターと合流するまでの間、お世話になります」

 テラが神父と挨拶を交わした後、フィリアたちは用意された部屋に案内されることになった。
 フィリアに割り当てられたのは分厚い扉を付けられた黒い石壁の小さな部屋で、全ての窓に鉄格子が填められており、ここが教会だと知らなければ、牢屋と勘違いしてもおかしくないほどに陰気で簡素な場所だった。

「夜は冷えますので、天蓋のカーテンを閉めるのをお忘れなく……他に必要なものがあればご用意します」

 などと説明され、一度、フィリアはひとり部屋の中に残される。
 昨日の贅沢な部屋に比べたら、まるで天と地の差。光の少なさも手伝って、息苦しいことこの上ない。
 フィリアはベッドに座り、そのまま仰向けに寝転がった。シーツや枕は清潔だが、スプリングが軋む耳障りな音がベッドの古さを教えてくる。

「私、これからどうなるんだろう……」

 自然と不安が零れ落ちる。
 三人の説明どおりなら、これから“マスター”と合流し、“安全な場所”へと連れて行かれる。しかし、それが果たして本当に良いことなのか、望むべきことなのか――次々起こる出来事を理解することに精一杯で、フィリアは未だに自分の気持ちがよく分からなかった。
 ころんと体を横にして、軽くシーツを握りしめる。

「…………ロクサスは、今どこにいるのかな……」

 こっそり名前を呼ぶだけで、胸の奥が締め付けられて、視界が潤みはじめてしまう。慌てて手の甲で目元をこすっていると、部屋の壁に小さな蜘蛛がいることに気がついた。爪ほどもないそれはじっと壁に張り付いて、微動だにしない。

「フィリア。いる?」
「!――ソラ? どうぞ」

 突然のソラの声に、フィリアは肩を跳ね上がせた。別れてからまだ十分も経っていない。ソラも自分の部屋に案内されて、すぐにフィリアの部屋へ来たのだろう。
 早速部屋に入ってきたソラは、フィリアの部屋を軽く見回して「あーあ」と苦笑した。

「隣の俺の部屋もこんな感じ。ここ、昔の牢屋を改装した部屋なんだって」
「そうなの? 今も、牢屋みたい……」
「だよなぁ。リクとテラは『堅強でいい』なんて言うんだ。いくら頑丈でも、こんなところにずっといたら息が詰まっちゃうよ」

 フィリアも全く同意見だと頷けば、ソラが彼の胴ほどに厚い扉を開いた。

「だからさ、少し教会の中を歩かないか? 見晴らしのいい場所を知ってるんだ」
「……いいよ」

 僅かに迷ったが、フィリアはソラと共に部屋を出た。廊下に出た途端、近くの窓から射抜くような光が身を包んでくる。

「もう、夕暮れなんだね」
「ああ。一日って、ほんとあっという間だよな」

 廊下の窓の外を見る。鳥が群れで空の向こうへ飛んでゆき、子供たちが別れの挨拶を交わす声がした。

「行こう。こっち」

 綺麗に掃除された廊下を、二人はゆっくり歩き出す。光の赤みはどんどん濃くなっていって、影は深く、大きくなってゆく。

「フィリア。旅には慣れてきた?」
「少しは――って言っても、私はソラたちに付いて行ってるだけだけど」
「それでも充分大変だろ。不便なことがあったら遠慮なく言ってくれよな。俺たちに言いづらいことなら、ここにはシスターもいるんだし」
「うん。……ありがとう、ソラ」
「お礼なんて言わなくていいよ」

 あはは、と声をあげてソラが笑った。その後ろめたさを隠した笑顔に、フィリアは複雑な気持ちを覚える。
 しばらく進んでゆくと、先に階段が現れた。ソラが登る方へ歩いてゆくので、フィリアも共に階段を登り始める。少し上がったところで階段の終わりを探してみれば、遥か高みにそれはあった。

「ねぇ、ソラ。この階段、どこまで登るの?」
「てっぺんまで。そこが、さっき言った場所なんだ」
「……てっぺん……」

 旅の疲れもあるし、そこまで登ることはとても辛いことに思えたが、笑顔のソラを目の前に今更行きたくないなんて言いづらい。
 フィリアは気合を入れなおし、きりりと表情を引き締めた。




原作沿い目次 / トップページ

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -