助けを求めようとも誰もおらず、店や民家からは電灯の明かりも消えていた。
 血を吸われそうになったこと――それも以前からの知り合いだったことがフィリアの混乱を増長させ、公園から抜け出した後、逃げ惑っているうちに、ソラに禁じられていた裏路地に迷いこんでしまっていた。
 夜の裏路地は薄っすら光に照らされている場所もあれば、深い闇で先が見えない通路もある。

「逃げなきゃ。でも、どこに行けば……!」

 乱れる呼吸の合間で、フィリアは呟きを繰り返す。

「フィリア、いきなる殴るなんてひどいよ〜」
「ヒッ……」

 遠くない距離からデミックスの声がして、フィリアは背筋を凍らせた。とにかく離れたい一心で、目の前に現れる道をでたらめに走り出す。

「――あっ!」

 突然、暗闇でフィリアの体がガクンと沈んだ。片足を側溝に落としかけてしまったらしい。幸い側溝にはたっぷり深さがあったので濡れずに済んだが、地についた方の膝が痛んだ。立ち上がれば、膝皿のあたりから足首へ液体が伝うのを感じ、怪我をしたのだと理解する。

「いたっ……」

 痛みに耐えながらフィリアは裏路地をひょこひょこと歩く。膨れ上がった不安と孤独に押しつぶされそうになってしまい、視界は涙で歪んでいた。
 果たして、それからどれ程の時間が経ったのか。何度も目元を拭いながら進み続けたフィリアの前に、ようやく出口らしき場所が現れた。

「やった……」
「――見ぃつけた」

 喜ぶのも束の間。カツンと靴の音が鳴る。フィリアが後ろを見ると、デミックスが立っていた。

「血を流すなんて、俺に居場所を教えるようなもんだよ」

 靴音を響かせながら、デミックスが寄ってくる。フィリアはついに恐怖で動けなくなり、近くの壁に縋りついた。

「あれ、また泣いてたの?」
「……デミックス」
「泣き顔もかわいー」

 デミックスがフィリアの目の前にたどり着いた。ガタガタ震えるフィリアの頬を両手で包みこむと、甘い低音で囁いてくる。

「首は嫌だった? 俺、どこからでも吸えるから、吸って欲しい場所を教えてよ」
「どこも、やだ……!」
「やっぱり、女の子は服で隠せる場所がいいのかなー」

 フィリアの拒否に取り合わず、デミックスはしげしげとフィリアの体を眺めてゆく。

「胸元は色っぽいけど、骨のせいで吸いにくいし……俺的には、やっぱり腕か足だなー」
「やだってば……デミックス!」

 フィリアの震える声に、デミックスが笑う。

「どうしてそんなに嫌がるんだ? ロクサスに会いたくないの?」
「ロクサス……に?」
「そう。フィリアさえ拒まなければ、俺たちはいつだって一緒にいられるようになるんだぜ?」

 デミックスはフィリアの足を流れる血を指先で掬い、ペロリと舐めた。

「うまっ! やっぱり処女の血は、ッ――」

 その時、何かが突風のようにやってきて、デミックスを弾き飛ばした。
 フィリアは、ふわりと包んできた温度に顔を上げる。

「ごめんな、遅くなっちゃって」
「ソラ……」

 フィリアが弱々しく名を呼ぶと、ソラがくしゃりと苦笑する。

「ソラ、その子か?」
「うん。テラ、リクの方を」
「ああ」

 テラが、デミックスを撥ねた乗り物を剣に変える。
 しりもちをついたデミックスは、地面に座り込んだまま片手で腰を撫でていた。

「いって〜っ! いきなりなんなんだよぉ!」
「大人しくしろ」

 デミックスの背後に現れたリクが、ロクサスと戦っていたときと同じ剣をデミックスに向ける。それを見て、デミックスはあからさまに嫌そうな顔をした。

「うわ。ヴァンパイアハンターだ」
「まさか、ロクサス以外のヴァンパイアが来るとはな」
「あーあ、せっかくいいところだったのに。空気読めよなー」
「おまえに言われたくないな」

 ギチッ、とリクの剣が鳴る。

「あの女性の牙跡もおまえだな」
「さーてね。それより、そんな物騒なものを近づけんなよ」

 デミックスが指を鳴らすと、どこからともなく白い生物が現れた。帽子とマフラーを身につけて、するすると地面の上を滑ってくる。

「ノーバディだ!」

 ソラが剣を呼び出し、テラが近くにいたものを斬る。
 ノーバディのひとりがリクにまわし蹴りを放った。咄嗟に剣で防御したリクは、衝撃で少し後退する。

「ラッキー、助かった!」
「あっ、待て!」

 デミックスが立ち上がり、目の前に作り出した闇の回廊へ走ってゆく。

「フィリア! またなー!」

 走りながら手を振るデミックスを飲み込んで、あっけなく闇の回廊は消えてしまった。





 ノーバディたちを全て倒したあと、リクたちがフィリアのところへ集合する。

「逃がしたか」
「今のは、おまえたちが追っている13機関の奴か」

 テラの問いに、リクが頷く。ソラはフィリアの両腕を掴み、真剣な顔で覗きこんだ。

「フィリア、あいつに血を吸われた?」
「ううん、傷の血を嘗められただけ……」
「間一髪だったな」

 リクがほぅ、と息を吐く。

「怪我をしたのか?」

 フィリアの前で、テラがしゃがみこんだ。先程のデミックスと同じ体勢にフィリアがぎょっと警戒すると、緊張を感じ取ったのかテラはやんわり微笑んだ。

「化膿するといけない。早くホテルに戻って手当しよう」
「あなたは……?」
「テラ。この二人と同じ、ヴァンパイアハンターだ」




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