ノックの音で、リクはハッと目を覚ました。急いで冷や汗を拭って立ち上がり、入り口に掛けてある鏡を覗く。――問題ない。

「久しぶり。テラ」
「待たせたな。リク」

 扉を開けると、二ヶ月前と変わりない姿のテラが現れる。テラはいつものようにリクの頭を軽くなでた。

「会わないうちに、また少し伸びたんじゃないか?」
「さぁ、自分じゃよくわからない。入ってくれ」

 テラを部屋に促すと、リクは眠気覚ましを兼ねてコーヒーを淹れ始める。

「ソラはどうした?」
「花嫁と町の見学。もうそろそろ戻るはずだ」
「そうか。なら、話は二人が戻ってからにしよう」

 そう答えると、テラは窓際に歩いていった。外はもう日が傾いて、赤い光を放っている。
 リクは淹れ終ったコーヒーを持って、テラの側へ向かった。

「相変わらず心配性だな。ソラならだいじょうぶさ」
「……ああ、そうだな」

 ふっと笑い合い、テラが受けとったコーヒーに口をつける。そしてリクをじっと見つめたかと思いきや、途端に険しい顔をした。

「また、よく眠れていないのか?」
「別に。久々の野宿で疲れただけさ」
「俺の前では意地を張るな。辛いときは素直に頼ってくれと言っただろう?」
「…………どうして、わかったんだ?」

 リクがバツの悪そうな顔でテラを睨むと、暖かな笑みが返ってくる。

「おまえは俺の弟だ。それくらい分かるさ」
「……敵わないな」

 リクは深く息を吐き、肩からゆるりと力を抜いた。もちろんテラとは本当の兄弟ではないが、彼ともうひとりの友人は、いつも簡単にリクの繕いを見抜いてしまう。

「なぁ、テラ。どうしたらあんたみたいになれるんだ?」
「お前が、俺みたいに?」
「俺は、あんたが――」
「リクウウウゥゥゥッ!」

 そのとき、扉が力任せに開かれた。情けないソラの泣き声に眩暈を覚え、リクは思わず目元を押さえる。

「大変なんだ! フィリアがいなくなって、この人は倒れちゃって、俺、探したんだけど、あいつらフィリアのこと知らなくて!」
「落ち着け、ソラ。まずはその人の降ろしておけ」

 リクが指示すると、ソラは肩に抱えていた女性をソファーに降ろした。秋なのに、ずいぶん露出の高い服を着ている。

「ソラ、最初から話してくれ」
「あっ、テラ……うん」

 テラに頷き、ソラはぽつぽつ話しはじめた。
 まず、裏路地を通っていたらこの女性が男たちに絡まれていたこと。助けている間にフィリアがいなくなってしまったこと。「逃げた男達がフィリアを攫っていった」と言う女を信じて町じゅうを男達を探して締めあげたが、誰ひとりフィリアのことを知らなかったこと。最後に女を問い詰めたら、いきなり気絶してしまったこと。

「それで、どうしたらいいかわからなくなって、彼女を担いで戻ってきたと……」
「もしかしたら、まだ裏路地で迷っているのかもしれないな」
「俺、もう一度探してくる!」
「待て、ソラ」

 勢い良く駆けだそうとしたソラを、リクが短く呼び止める。その表情を見て、テラが低い声でリクに訊ねた。

「リク、何に気付いた?」
「僅かだが――この女から闇の匂いがする」

 いうやいなや、リクは女の胸元の布を捲りあげた。ソラはとっさに目を隠し、テラはぎょっと後ずさる。

「…………まずいな」

 女の乳房の脇にある牙跡を見て、リクは苦く呟いた。




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