ホテルは高い場所にあったので、入り口から町を一望することができた。

「フィリア、まずはどこに行く?」
「それじゃあ、さっき音楽が聞こえた場所に行ってみたい」
「わかった」

 歩き始めたソラに続き、フィリアは傾斜の高い坂道を下りはじめる。雲ひとつない青空で、秋ながら陽光が暖かかった。
 慣れない角度の道にフィリアがバランスをとりながら歩いていると、ソラが顔だけでフィリアの方を振り向いた。

「歩きにくい?」
「ちょっとだけ」
「転びそうになったら、俺に捕まるといいよ」
「ありがとう」

 無邪気に笑うソラにつられ、だんだんフィリアも笑顔になる。

「リクは地図を見ていたけど、ソラはこの町に詳しいの?」
「俺も、前に立ち寄った程度だよ。でも、一度通ったらわかるから」
「たった一回で覚えちゃうの?」
「まぁ、だいたいだけど」
「私は……もうホテルへの帰り道すら怪しいかも」
「俺と一緒だから問題ないだろ」
「そうだね」

 頷いて、フィリアはそっとソラの顔色を伺った。

「聞いてもいい?」
「ん?」 
「ソラたちは、いつから旅をしているの?」
「えーと、今年で二年目」
「たった二年だけ?」
「意外?」
「その……カバンがとても古そうだったし、二人ともずいぶん旅慣れしているみたいだったから」

 フィリアが正直な感想を述べると、ソラが苦笑する。

「カバンはマーリン様から貰ったんだ。野宿に慣れっこなのは、小さい頃から島で遊んでいたから。俺たちがヴァンパイアハンターになってから、二年目ってこと」
「そっか。二人はどうしてヴァンパイアハンターになったの?」
「それは……」

 ソラがピタリと足を止めたので、フィリアは慌てて言葉を付け足した。

「ごめん、言いたくなかったら――」
「あ、違うよ。……俺がヴァンパイアハンターになったのって、ほとんど成り行きだったからさ」

 取り繕うようにソラが笑う。そして、先ほどよりも若干早く歩き出した。

「今はみんなを守るため。それに、リクやテラたちもいるし……」
「ヴァンパイアハンターって、ソラたち以外にもたくさんいるの?」
「もちろん! 今度、フィリアにも紹介するよ」

 坂道が終わり、店が立ち並ぶ街路樹の道になる。見覚えのある並びに着いたとき、ソラがかくんと小首を傾げた。

「あれ? 音楽、聞こえないな」










「あのお兄さんなら、とっくにどこかへ行っちゃったわよ」
「そうですか……」

 近くを歩いていた女性に訊ね、フィリアは肩を落とす。シタールを奏でていた青年は、フィリアたちが去ったすぐ後にいなくなってしまったらしい。

「残念だったな」
「うん」

 フィリアがしょんぼりすると、ソラが頭の後ろで腕を組む。

「それじゃあ、今度こそ町を案内するよ。まずは俺おススメの駄菓子屋から!」
「お菓子屋さん?」
「新しい町に来たら、まずは菓子屋を探すだろ?」
「そうなの?」
「そう! こっち。近道しよう」

 ソラの案内で、フィリアは細い裏路地に足を踏み入れた。細い道がいくつも交差し、先ほどまでの賑やかな道と比べ、こちらはシンと静まり返っている。
 並んで歩けないほどに細い道を進みながら、ソラが振り向いてフィリアに注意した。

「この近道、今は明るいから通るけど、夜とかひとりでいるときには使っちゃダメだぞ」
「どうして?」
「迷いやすいし、変なヤツらが多いから」
「変って?」
「う〜ん、会えればわかるよ」

 そのとき、二人はちょうど広い場所に出る。どうやら分岐点に当たる場所のようで、足元には濁った色の排水が流れていた。

「ほら、ちょうどあんな感じ」

 フィリアがソラの指す方向を見ると、汚れた石畳の上で、露出の高い服を着た女性が数人の男に取り囲まれていた。

「いやよ、放して!」
「いいじゃねーか。真昼間からそんな格好して、誘ってんだろ?」
「誘ってなんか……やめてってば、触らないで!」
「うるせえ! 抵抗するな!」
「うわぁ、お約束だなぁ」

 どこか冷たく、からかうような口調でソラが呟く。一方、フィリアは男が怒声を上げるたびに、びくびくと肩を跳ね上がらせた。

「ソラ。あれは変ってより、怖いじゃないの?」
「じゃあ、間とって怪しいヤツらで」

 フィリアたちが会話している前で、女性はついに、男たちに羽交い絞めにされてしまった。

「あの人、助けないと」
「フィリア、ちょっとここで待ってて」 

 フィリアにそう言うと、ソラが揉めている彼らの方へすたすた歩き出す。

「やめろよ、おっさん。その人、嫌がってるだろ」
「あ?」

 男たちは、ソラを見て馬鹿にするように笑いだした。

「なんだ、このガキ」
「ははっ、ガキのヒーローごっこってやつだ」
「た、助けて!」

 女性がソラへ手を伸ばした。それが男たちには気に喰わなかったようで、不敵の笑みに不機嫌なものが混じる。

「ガキ、怪我する前におうちに帰りな」
「おっさんたちこそ。安っぽい台詞ばっかりだけど、台本でも読んでるの?」
「なにィっ!?」
「生意気なやつだな。おい、やっちまえ!」

 リーダーらしき男の命令に従って、縦と横の幅が軽く2倍はありそうな男がソラに襲いかかってきた。

「きゃ……」
「んぎゃあ!」

 拳が振り下ろされる瞬間、フィリアは恐ろしくて目を閉じた。しかし、聞こえてきたのは野太い悲鳴。ソラが攻撃を避けたため、勢い余って転んだ男のものだった。

「な――!?」
「うわっ、いたそ〜」
「くそう!」
「なめやがって!」

 最初はあっけにとられた男たちだったが、なだれこむようにソラへ襲い掛かってくる。
 ソラが男の拳を避け、その背中を蹴り飛ばす。金髪の男の拳は受け止めて、後ろから襲い掛かってきた長髪の男の拳はしゃがんで避けた。
 実力は圧倒的にソラが上。しかし、男たちはしつこく立ち上がってくる。

「あっ……!」

 おろおろとフィリアがケンカを見ていると、ソラが髪のない男にカウンターをしたところで視界がぐるりと回転した。右腕が、黒い皮手袋を着けた手に捕まれている。

「シーッ」
「え――」

 深くかぶったフードから、若い青年の声がする。その人物にぐっと引き寄せられた途端、フィリアの意識は暗転した。




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