その日の夜、消灯の間際。フィリアは同室のナミネと並べたベッドの上で話をしていた。

「フィリア、今日はロクサスと会えた?」
「うん。林のところにいたら、わざわざ探しに来てくれたの」
「昼の外に? ロクサスったら、よっぽどフィリアに会いたかったんだね」
「そう、だったのかな? もしそうならとても嬉しいけれど……」

 フィリアが照れながら髪をいじると、ナミネが目を細めてふんわり笑う。白金の髪に雪色の肌、細い体つきでどこか儚げな印象を与える彼女とフィリアは同室ということもあり、この施設で一番親しい仲だ。

「フィリアは、ロクサスのことをどう思っているの?」
「え? どうって」
「好き?」

 首を傾げながらナミネがした質問は、フィリアの顔を真っ赤にさせる。

「う、もちろん大切な友達だもの、大好きだよ」
「誰よりも?」
「な、ナミネ……!」
「ふふ、ごめん。フィリアがあまりにも動揺してるから、つい」
「からかうなんてひどいよ……。なら、ナミネはロクサスのことをどう思っているの?」

 羞恥を隠すようにフィリアがナミネに問い返すと、ナミネは笑みを浮かべたまま口を閉じ、抱えていたスケッチブックを机の上に静かに置いた。

「もう明かりを消さないと」
「あっ、ずるい!」
「消すよ。ベッドに入ってね」

 フィリアがブツクサと拗ねながらベッドに潜れば、蝋燭の火が消え部屋は月明かりのみになる。視界がその明るさに慣れてきたころ、ナミネの布団から寝返りを打つ音がした。

「ねぇ、フィリア」
「んー?」
「もしかしたらなんだけれど……ロクサスはフィリアを花――きゃっ」

 その時、階下からガラスが割れる音がしてナミネの言葉が悲鳴に変わる。
――何かが起きた。
 フィリアとナミネは起き上がり、息を潜め耳を澄ませた。誰かが怒鳴っているような声がして、他の部屋にいる子どもたちが廊下へ出てくる気配がする。

「なんだろう……?」
「明かり、点けるね」

 ナミネが手探りで蝋燭に火を点ける。やっとぼんやりと周囲が照らされたとき、廊下から「逃げろ」という声がして、たくさんの足音が遠ざかっていった。
 フィリアたちはベッドから降りて、しっかりと手を繋いだ。

「ナミネ、私たちも外に行こう」
「うん」

 扉を開くと、壁に備え付けられていた蝋燭の明かりがポツポツと二人を照らした。広めに造られた廊下にはすでに誰の姿もない。

「みんな逃げちゃったのかな?」
「フィリア、下から誰か来る……」

 ナミネの言葉にフィリアも階段に注意を向けると、ものすごい勢いで駆け上がってくる足音がひとつ、すぐそこまで近づいてきていた。一瞬、誰かが迎えに来てくれたのかと期待がフィリアの胸を過るが、ここに住む大人は院長である老婆ひとり。最近足に痛みを訴えている彼女のものではないことは確かだった。

「なんだか、怖い……」

 あの階段を使う以外に、下へ降りる手段はない。
 どんどん近づいてくる足音に、怯えた様子でナミネが呟く。フィリアも不安のままに繋いだ手の力を強くした。
 ついに階段から黒い影が飛び出してきた瞬間、フィリアとナミネはお互いに抱きしめるように身を寄せ合った。

「フィリア! ナミネ!」
「……ロクサス!?」

 影はロクサスだった。昼に別れたときのようにフードを深くかぶり、両手にはそれぞれ白と黒の鍵のような剣を持っている。

「やっと見つけた……!」

 息を弾ませながら駆け寄ってきたロクサスが優しく笑う。それはフィリアたちを安心させたが、奇妙さに疑問を抱かせた。

「ロクサス、今日はもう帰ったんじゃ?」
「迎えに着たんだ。急いで、すぐに奴らが来る」

 ナミネが恐々とロクサスを見上げる。

「奴ら? いったい何が起こっているの?」
「今は説明している時間はないんだ。とにかく俺に……」
「離れろ!」
「く――!?」

 突然、銀色の何かがロクサスに襲い掛かってくる。――銀髪の青年だった。彼がものすごい勢いで突っ込んできたので、ロクサスは彼と武器を噛み合わせながら廊下の奥にまで移動していた。

「二人とも、部屋に戻って!」
「は、はいっ」

 反射的にロクサスの命令に従い、フィリアはナミネと共に部屋に戻り薄い木の扉を閉める。ナミネは先ほどの襲撃で蝋燭を落としてしまったようで、薄明るい部屋の中、廊下から絶え間なく聞こえてくる戦いの音に二人は体を縮まらせ怯えることしかできなかった。

「邪魔をするな!」

 ロクサスの怒声と共に爆発する音がして、先ほどの青年が部屋の壁を破り飛び込んでくる。青年は床を転がり立ち上がると、フィリアたちを見て怒鳴りつけた。

「あんたたち、急いでここから脱出するんだ!」
「え……?」
「あいつに捕まる前に逃げろ!」

 フィリアはポカンと彼を見る。襲撃者は彼のほうなのに、その綺麗な緑の瞳は真剣で、とても嘘を言っているようには感じられない。

「フィリアに近寄るな!」

 追ってきたロクサスが青年に斬りかかり青年がそれを受け止めた。刃で押し合いながら青年が苦く笑う。

「『フィリアに』か。やはりあの人たちがおまえの獲物――いや、花嫁か」
「……黙れっ!」

 ロクサスの怒気と共に戦いが更に激しくなる。衝撃が部屋を襲い、窓が割れ、部屋の家具があたりに飛び散らばった。
 その中のひとつ、無残に壊れてしまったベッドの木材がフィリアに向かって飛んで来る。ささくれ立ったとても太く大きい破片。とっさに回避することもできず、フィリアは痛みを覚悟した。

「ぐっ……う」

 フィリアが薄っすらと目を開くと、銀に光る髪がサラリと揺れていた。
 フィリアはしばし混乱する。ロクサスと戦っていたはずの青年がすぐ目の前にいる。彼が何をしたのか、どうしてそこにいたのか、崩れ落ちる姿を見てようやく理解できた。

「庇って、くれたの……?」
「逃げ、ろ……」

 息を吐き出すように言うと青年は床に倒れてしまった。どうしてよいものかわからずに、とりあえず彼の具合を診ようとフィリアが手を伸ばしたとき、ロクサスが歩いてくる。

「フィリア、怪我はない?」
「う、うん……」
「今のうちに行こう」
「待って、この人が……」

 フィリアがオロオロしながら答えると、ロクサスは気だるそうに、どこか虚ろな瞳で言った。

「そいつは俺たちの敵なんだ。起きる前に離れないと」
「俺たち? 敵って?」
「そんなこと、今はいいから……」

 そこでロクサスがよろめいた。とっさに支えようとしてフィリアは背筋を凍らせる。いつもは澄んだ青空色であるロクサスの瞳の色が、夕日のように赤を帯びた橙に変わっていたのだ。

「ロクサス、その目!」
「……だいじょうぶ。少し、血が足りないだけ……」

 片手で顔を覆いながらロクサスが崩れるように跪いた。フィリアもロクサスと視線を合わせるように膝をつく。

「血って、怪我してるの?」
「ちがう…………」

 フードと手の隙間から覗くロクサスの顔色は真っ青で、目の色はどんどん金色に変色していく。

「ねぇ、すごく辛そうだよ。院長先生に診てもらったほうが」
「違う、俺は…………く、ない」
「ロクサス、今なんて……?」

 荒い呼吸の合間に呟かれた言葉を聞き逃しフィリアはますます不安になる。己にできる最善は何かを考えて、思いついたのはやはり助けを呼ぶことだけだった。

「ロクサス、もう少しだけがんばって。すぐに院長先生を……きゃっ」

 フィリアが立ち上がろうとすると、手をロクサスに捕まれそのまま床に戻される。戸惑っているうちにロクサスの皮手袋を嵌めた手がフィリアの頬に触れ、撫で滑り、首筋のところでピタリと止まった。

「……ここに……」
「ロク、サス……?」

 肩にかかった髪を払われ、曝けた喉を食い入るように見つめられる。急所を捉えられている居心地の悪さにフィリアが身じろぎをすると、ロクサスの喉がゴクリと鳴った。

「フィリア、俺と……」

 ロクサスの顔が、ゆっくりフィリアに近づいた。




原作沿い目次 / トップページ

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -