シオンが機関を抜け出してから、俺たちは毎日いろんなワールドを探していた。
 フィリアは特に重く思いつめていて、夜遅くまで探していた。俺がフィリアを探さなくてはならないほどに。



 その日のトワイライトタウンは雨が降っていた。任務を始めた時は小雨だったのに、終わった時には土砂降りで、それでもフィリアはシオンを探すと言い出した。
 もちろん俺もシオンを探した。けれどまた手掛かりすらつかめなかった。
 雨の中をさまよい続け、ついに幽霊屋敷と呼ばれるトワイライトタウンの古屋敷の玄関の屋根で雨宿りすることとなった。
 髪からとめどなく水が滴る。機関のコートを着ていたのに、それでも二人とも、すっかりびしょ濡れだ。

「フィリア、もう帰ろう」
「どうして? まだ、門限まで時間はあるよ」
「でも、こんなに濡れたら風邪をひく……って、うわっ!?」

 言い終わらないうちに、フィリアがコートを脱ぎだしたので、情けなく慌ててしまった。いつも見えていない恋人の素肌がまぶしい。
 フィリアはコートの下に薄いの半袖シャツを着ていて、いまは肌に張り付くほどに湿っている。ぺったり透けている様は正直眼福、いや、目に毒だ。闇の回廊に必需品であるコートを脱いだということは、まだ絶対帰りたくないって意思表示だろう。仕方なく、俺もぐっしょり重たくなった黒コートを脱いだ。湿度も気温も高いので、むしろ涼しくなったくらいだ。
 しばらく無言で雨を見つめていた。雨粒が地面をたたく薄暗がりのなか、シオンが現れないかな、なんて考えていた。

「私の世界は、闇に落ちたんだ」

 膝を抱えたフィリアが雨の方を向いたまま話し始めたので、隣で同じように座り、横顔を見つめる。初めて聞くフィリアの過去だった。

「家族も、友達も、みんなあの日に――私だけがノーバディになっちゃった」

 声が少し震えている。思わず肩を抱いた。フィリアがロクサスと呼んでくる。

「また、大事にしたいと思える人たちと出会えたのに。ロクサスたちのおかげで、もうすぐ心が手に入るのに……私、また失いたくない」

 普段しっかりしてる印象の彼女は、不安げに瞳を潤ませ、随分弱々しく見えて、可愛いかった。こんな姿見たことがない。

「大丈夫だよ。シオンは絶対に見つかる。俺が見つける」

 でも、と言いかけたフィリアを、今度は両手で少し強引に抱きしめる。
 フィリアが頬を肩にこすりつけてきたので、更に強く抱きしめた。お互い濡れて冷たいのに、胸の奥が熱い。

「そして、またみんなで一緒に、時計台でアイスを食べよう」

 フィリアに安心してほしくて呪文のように言うものの、俺も不安だった。最近、アクセルともすれ違っているし、サイクスたちは何か知っている様子なのに、決して教えてくれない。
 フィリアがまた名を呼んできたので、腕の中の彼女をのぞき込んだ。

「ロクサスも、いなくならないでね」
「どうしたんだよ、突然」
「約束して」

 俺がフィリアの前からいなくなるわけない。でも、安心してくれるなら。

「わかった。約束する」

 答えたら、軽く頬にキスされた。先ほどの儚げな表情はどこへやら、一転して満面の笑みを見せてくれた。嬉しい。けれどちょっと不満。

「なんで頬なんだよ……」
「心を手に入れても好きだったら、本当の恋人になるって約束だからね。まだ恋人(仮)のうちはそこ!」

 耳まで真っ赤にしたフィリアは、そこで腕の中から逃げ出して、黒コートを拾い上げた。絞っても水が滴るコートに腕をとおし「冷たい!」と顔をしかめている。

「雨、止みそうにないね。仕方ないから、今日は帰ろう」

 フィリアが濡れた髪をまとめて、あらわになったうなじに視線が吸い寄せられる。水滴が首筋をつたい、思わず唾をのんだ。フィリアの体や仕草、表情のひとつひとつに、こんなに心臓が動かされているような感じがするのに、心なんて持ってしまったら、いったいどうなってしまうだろう。
 こちらの気持ちなんてきっと気づいていないだろう。黒コートのチャックをきちっと上げ、フィリアはフードをまでしっかりかぶった。

「どうしたの」
「いま行く」

 俺も全く乾いていない黒コートに再度腕を通し、つめて、と肩をすくめながら闇の回廊を開いた。






H30.2.19




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