アクアがお菓子の詰め合わせをく れたので、フィリアは鼻歌を歌いながら廊下を歩いていた。刻は夕方。橙の光が廊下に濃い影を作っている。
 「すぐに食べてはだめよ」と言われたけれど、夕飯前の空腹感と袋からの良いにおいにフィリアの意思はぐらぐら揺らぐ。ひとつくらい……ひとつくらい……。部屋に着く前なのにそうっと指が袋を開こうとしたとき――真っ白のなにかがガバッと柱の影から現れた。フィリアはピャッと飛び上がる。

「俺はおばけだ! お菓子を持っている――な……」

 布はうごうご動きながら口上を述べかけて、カシャっと落ちた音で言葉を止める。涙をめいっぱい溜めて硬直するフィリアから、足元に落ちた菓子袋までを認めて動きも止めた。
 無言で見つめ合う数秒――大泣きを始めたフィリアの前に布をめくって現れたのは、オロオロとした顔のテラだった。





 アクアがくれたお菓子が床に落とした衝撃で少し砕けてしまった。
 初めはぷーっと風船のように頬を膨らませたフィリアだったが、テラがとても焦った様子で謝ってくるので、すぐに機嫌を元に戻した。
 いったんアクアのいる食堂へと戻り、椅子に腰かけてフィリアはテラと向き合って座る。

「テラはね、フィリアにおばけは怖くないことを知ってほしかったのよ」

 洗った皿を拭きながら、苦笑顔のアクアがきりだした。

「どうして?」

 テラがいつか話してくれたお話。おばけの仲間になってしまったら、何もわからなくなってしまうし、みんなとお別れすることになってしまうのだ。
 フィリアにジッと見つめられ、テラは気まずげに頬をかいた。

「えぇとだな……実はその話には続きがあるんだ」
「続き?」
「フィリアはハロウィンを知っているか?」

 フィリアはふるふる首を振る。テラは、今度は少し誇った顔でハロウィンとは、と拳を握った。

「おばけのフリをして、お菓子を食べるおまつりなんだ!」

 おまつり……フィリアはう〜んと考える。この場所の生活ではなじみのない言葉だった。楽しいことだとぼんやりとは知っているが、実際にどんなものかよく知らない。

「お菓子を食べると、どうなるの?」
「おばけが仲間だと勘違いして、もう仲間に引き入れなくなるんだ」
「ほんとう?」
「本当だ」

 仮装してお菓子を食べるだけでおばけにならずに済むなら簡単である。

「やる、わたし、ハロウィンする!」





 そんなわけでハロウィンである。
 フィリアはテラと共に白い布をかぶっていた。床に引きずりそうなほどの長さに調節してあり、顔には楕円な黒丸を三つ書き目と口を表現している。
 大小ふたつ、うごうご動くおばけ兄妹は、菓子が焼きあがるまでおばけのフリをするため大広間を彷徨い続ける。

「テラ、おばけって黒いコートじゃなかったの?」
「白い幽霊だっているさ。俺たちはいま、宙をふわふわ飛ぶ幽霊なんだ」
「ふわふわ〜〜」

 駆けると白布の端が風に揺れる。おばけフィリアはうっかり布端を踏んずけてしまいそうであったものの、懸命におばけらしく振舞ってみた。

「テラ、わたし、おばけっぽい?」
「ああ、その調子だ」

 おばけテラが腕を組みうんうん頷く。楽しくなって、おばけフィリアは思いつくままにくるくる回ったり、跳ねたりして大広間で飛び回った。
 何分そうしていただろうか。前がよく見えないので何かにぶつかってしまった。はずみで転びそうになり、あたたかく大きなものに支えられる。

「何をしている」

 マスター・エラクゥスの声だった。フィリアはおばけの布を引っ剥がされて、怪訝な顔の彼と対面する。

「ハロウィンをしてるの!」
「なに?」
「フィリアにおばけ嫌いを直してほしくて」

 テラが布を外しながら、少し緊張した声で説明した。エラクゥスはしばしフィリアとテラを見比べて、そっとフィリアに布を返した。

「なるほど。よく考えたな。……では、私も参加しよう」

 普段、こういった息抜きを滅多にしない厳格なマスターだ。フィリアとテラはパッと紅潮した顔を見せあった。

「じゃあ、マスターもこの布をかぶって!」

 言って、フィリアは自分の布をエラクゥスの頭にかぶせる。せいぜい胸元までしか隠されていない、おばけエラクゥスが完成した。

「それからね、マスター。ふわふわ〜って動くの」
「こ、こうか?」
「もっとふわふわして!」
「これならどうだ?」
「もっともっと!」

 高揚したフィリアのリクエストにエラクゥスは期待以上のパフォーマンスで答えてくる。その姿は残像すら残さず俊敏に移動しており、ふわふわというよりシュビッ、シュバッであったが……。

「これならおばけのように見えるだろう」
「さ、さすがマスターエラクゥス……! 俺も見習わなければ」

 奇妙なおばけまつり。それはアクアが菓子の準備ができたと呼びにくるまでしばらく続いた。





 落としてしまった菓子の代わりに、アクアは見事なパンプキンケーキを作ってくれた。ちょうどカボチャがあったのでカボチャケーキとなったらしいが、フィリアにはそれがとてもおいしかったので、ハロウィンはカボチャ味のお菓子と記憶された。

「アクアもおばけの仮装しよう」
「ええ。でも後でね。いまはケーキを食べちゃいましょう」
「うん!」

 フィリアは上機嫌でケーキを頬張る。おいしいと何度も繰り返しているうちに皿はあっという間に空になった。

「ハロウィン、楽しかった!」
「良かった」
「もう、おばけも怖くないね?」
「うん!」

 このおまつりをすれば、もうおばけに狙われないのだ。
 アクアの問いに、フィリアはそう元気よく答えたのだが……。





「寝る前に少し動きたいな」
「じゃあ、山頂で少し手合わせでもしてこない? いい運動になると思うわ」

 置いてけぼりになったフィリアは少し面白くない気持ちで窓の外をのぞき込む。山頂の方角を見て、まだ帰ってこないのかなと何度も思った。

「……ん?」

 ふと、山道に何かあった。テラとアクアかと思ったが違う。暗い闇の中で、更に漆黒を固めたような何か――人――――フードを着た、人だ。理解したとき、それがこちらを見上げた。目があった、気がする。
 フィリアは慌てて窓から離れ、がたがた震えた。本物の幽霊! でもテラもアクアも帰ってきてない。もしおばけに見破られてしまって、仲間にされてしまったらどうしよう……!
 寒気もし、ベッドの中で小さくなって震え続けた。次第に布団がほかほかになり、うとうとし、すやすや寝てしまったあとには、先ほど見たもののことをケロッと忘れてしまって、幽霊への恐ろしさのみが残された。



 コンコン、テラの部屋は今夜もまたノックされる。

「フィリア、おばけは怖くなくなったはずじゃ」
「やっぱり、怖い!」









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