リクと付き合っていると言うと、たいていの人は羨んでくる。

「リクってかっこいいよね〜」

 YES!
 リクと付き合った当初はあんなにかっこいい人の彼女になれたんだもの、ダサイ女ではいられない! 髪型を変えたり、胸を寄せてあげるブラにしたあげく胸元のボタンを二つまで開けたりと、思いつく限り色気を出そうと努力した。そんな露出のおかげで周囲の男子にはジロジロ見られるようになったけれど、肝心のリクには超がつくほど不評で酷評。眉間に皺を寄せて「似合わない」とバッサリ切り捨てられたっけ。彼はウッフンお色気系よりも無邪気でかわいい系の方が好みらしい。けれどさ、言い方ってもんがあるでしょ。

「リクってクールだよね〜」

 NO!
 クールぶっているだけで、本当はとても寂しがりや。仲間はずれにされたと分かるとその場は平気な顔をするのだけれど、後で目もあてられないほど落ち込んでいるし、私が相手だとしつこく拗ねたりもする。ソラ君たちの前では大人ぶっているけれど、私とふたりきりだとたまにイジワル、結構ワガママ、そのうえすっごく甘えたがり。

「リクの一番になれるなんて、いいなぁ〜」

 NO、NO、NO!!
 彼の一番は幼馴染で親友のソラ君。そしてカイリちゃん。あと遠くに住んでいる王様もいて、どうあがいても私は彼の四番目。デートの約束をしていた日、リクがソラ君に呼ばれてドタキャンになったこともある。彼女もちの男子が一番優先ってどういうこと。リクってホモなの? 私と付き合ったのはカモフラージュ? 別れ話になってしまうのが怖くて茶化すように訊ねたら、ソラ君はリクの恩人で、彼のためならどんなことだってするつもりでいると真剣に話された。じゃあ、私のためだったらどこまでしてくれるの……面倒くさい女だと思われたくなくて訊けなかった。





 さて、今日はバレンタインデーである。
 この日だけは、最重要人物であるソラ君はカイリちゃんとデートしているはず。外を出歩きバッタリ会うのは避けたかったので、こちらはリクの家でデートするように計らった。ソラ君を悪者みたいに扱ってごめんだけれど、今日だけはリクを独り占めさせてよね。
 用意したチョコを何度も確認してリクの家へ。迎えてくれたリクの「今日は誰もいないから」なんて焦るような、期待するような発言を意識しながら靴を脱いだ。

「飲み物を取ってくるから、先に部屋に行っててくれ」
「うん」

 しんと静まり返った家の中を進み、リクの部屋の扉を開く。リクの部屋って整頓されていて、私の部屋よりきれいかも。
 用意されていたクッションに座りながらそわそわ周囲を見回した。部屋に通される度に考えてしまう。クラスの男子と違って、リクがきれいな女性へ鼻の下をのばしている姿を見たことないけれど……エッチな本とか読むのかなって。ベッドの下とかにかくしてあったりするんだろうか。
 しばらく迷い、それでも好奇心に従いこっそり床を這おうとしたとき――ノブが動く気配にシャキッと背筋を伸ばす。リクが「どうかしたのか」なんて訊ねてくるので「別に!」とそしらぬふりをした。

「おまえがうちに来るのは、久しぶりだな」
「そうだね」

 リクは別段構えるそぶりもなくのんびりと目の前に座っている。やっぱり何度見てもかっこいいなあ。
 リクが私の出方をうかがっていたので、ジュースを飲むのをやめ、横に置いていた小さな紙袋を両手で差し出した。

「あのね! 今日はバレンタインデーだから、リクにチョコ持ってきたの!」
「ああ……」

 それだけ。リクの表情は平然としていてピクリとも動かなかった。反応、鈍すぎじゃない? リクのことだから知っていたんだろうけど、もっと喜んでくれてもいいんじゃないの。たとえばソラ君だったらひまわりの花畑満開! ってほどの笑顔を見せてくれそうなものなのに。
 いや、まだだ、まだだぞ私……。今回のチョコはちょっと奮発したのだ。これを見たらさすがのリクも感動してくれるに違いない。
 ジャーン! ともったいぶってリクに渡す。リボンがかかった箱の中には、素人では易々真似できない美しい加工がされたチョコがたくさん詰め込まれている。
 リクは怪訝そうな顔でチョコの箱を眺めていた。喜びを表現してほしいあまり、私はセールストークを始めるはめに。

「高級レストランのシェフが作ったチョコなんだって」
「……手作りじゃないのか」
「そうだけど」

 私の声が一段、低くなる。

「リク、甘いの苦手って言っていたでしょ。だからビターチョコにしたんだ」
「これは甘い方がいい」
「そうなんだ」

 こめかみがピクピク痙攣した。

「た、食べさせてあげるよ。早く開けてみて」
「口移しとかいらないからな」
「言ってない……」

 口端がヒクヒクひきつった。
 リクは箱を開けて中身をしげしげ眺めた後、ようやく願っていた言葉を吐いた。

「サンキュ。もらっておく」
「別に。不満があるなら、もらっていただかなくて結構です!」

 本当は頭の中に描いていた脚本があって

「ありがとう、うれしいよ。フィリア……(きらきら)」
「リク……喜んでくれてうれしい(ハート)」

 かーらーのイチャイチャタイム!……って流れだったはずのに。かわいくない態度なんてとりたくなかったのに。でも私は悪くない。リクが悪いんだよ。
 腕を組み、頬を膨らませてそっぽ向いてる私に慌てる様子どころか、リクはくつくつ笑っている。何が面白いのでしょうか。私、怒っているんですけど。

「ほら」

 ぶーたれていると、腕をひっぱられて抱きしめられた。リクが後ろのベッドに寄りかかっているので全身を預けることができる。くそぅ、たくましい腕とか胸にやっぱりドキドキしてしまう。

「拗ねるなよ」
「拗ねてません」
「チョコ、食べさせてくれるんだろ?」
「自分で食べればいいじゃないですか」
「フィリアが食べさせてくれないと、苦くて無理だ」
「すみませんね、ビターチョコなんて持ってきて」

 ふんだ。ふーんだ。胸板に顔をこすりつけながら拗ねてやった。筋肉質だからか、リクあったかい。

「甘えるか拗ねるか、どっちかにしろよ」
「誰のせいだと思ってるの?」

 ジトリと見上げると、まだまだ余裕の笑みいっぱい。

「敬語が消えたな。拗ねるのはおしまいか」

 そういうこと、いちいち言葉にしなくていいでしょ。手を伸ばして頬を軽くつねってやると、リクは笑ったまま痛がった。

「わかった、わかった、勘弁してくれ」
「リクのばか。もう知らない!」

 このまま胸板を枕に寝てやる! 目を閉じるとカサコソ音がした。コツ、と頭の上に何かが乗る。チョコの箱だ。

「人の頭をテーブル替わりにしないでよ」
「人を枕替わりにしてるやつのセリフじゃないな」

 抱きしめたまま離してくれないのはそっちのくせにと言ってみても、離れないのはそっちだろって言われそう。頭脳で勝てないのから口でも勝てないし、惚れた弱みはやっかいだ。私は頭上の箱を回収し、箱の中身をごそごそ漁る。星形ふたつ、丸いのよっつ、四角の薄いプレートたくさん。

「どれから食べたいの?」
「その星のやつ」

 はいはい、これね。一粒掴んでリクの口にぽーいと投げた。リクはもごもご味わって「うまいな」と頷く。高級チョコ……私も一粒食べたくなった。

「ね。私にもいっこちょーだい」
「おい、俺にくれたんじゃないのかよ」
「だって、おいしそうなんだもん」
「仕方ないな……じゃあ、これをやる」

 リクは貴重な一個となった星型のチョコをつまんで私の口の前まで運んでくれた。

「えっ、いいの?」
「ああ」

 それじゃ遠慮なく、いただきまーす! パクンモグモグ。うん、おいしい! 目が覚めるような気持になって、私の機嫌は急上昇する。

「星形を食べさせ合うのって、なんだかパオプの実の伝説みたいだね〜」

 へへヘと冗談まじりに発言したら、リクからの返答がない。どうしたんだろう。見上げると、リクは顔を片手で隠していた。あ、耳が赤い。

「おまえ、よくそういうことを恥ずかし気もなく言えるよな……」
「えっ!?」

 ボボボッとこっちの顔も赤くなった。別に、パオプの実の伝説は有名じゃない!……って、あ!

「もしかして、今の、本当にそのつもりだったの?」
「さぁな」

 リクはまだ笑いを引きづりながら、次は四角いチョコの角を口にくわえた。そのまま食べずに私の反応を待っている。じっと見つめていると、彼はチョコをひらひらさせた。細められた瞳の意図するところが分かり、のそのそと身をのりだす。

「口移しはいらないんじゃなかったの」
 
 言いながらチョコのはしっこにかじりつく。そのままチョコをくれるのかと思いきや、後頭部を押さえられキスするまで離してもらえなかった。




2016.2.14




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