「ヴァニタス、頼みがあるんだ!」
旅立ちの地に呼び出されて来てやれば、ヴェントゥスが俺に向けて、祈るように手を合わせた。
「おまえが、俺に頼みだと……?」
突然の頼みにいぶかしむと、ヴェントゥスは困りきった顔で見上げてきた。
「どうしても、今、プライズポットが必要なんだ!」
「光のキーブレード使いが、なぜ魔物を必要とする?」
「う。それは……」
理由を訊ねた途端、ヴェントゥスが口を噤む。
「ストレス発散なら、他をあたれ」
「違うよ、そんなんじゃ……!」
「じゃあ、何だ」
俺はお前と違って忙しいんだと付け加えれば、観念したようにヴェントゥスが顔を上げた。
「昨日ディズニータウンに行った時、ミッキーに会って……明日がバレンタインデーっていう日だって教えてもらったんだ」
「それは、知ってる」
フィリアと行ってたんだろう、と心の中で付け加える。俺の嫉妬に気づきもしていないヴェントゥスは、更に言った。
「バレンタインデーは、男が好きな女の子にお菓子をあげる日らしくて。だから俺、フィリアにアイスを贈ろうと思ったんだけど……」
「なるほど。つまり、俺に材料を出せってワケか」
呆れたように腕を組みながら言ってやると、ヴェントゥスが情けなく眉を下げる。
「頼むよ。もうあまり時間がないんだ……このとーり!」
「……」
「ふざけるな」とか「下らない」と却下するのは簡単だ。しかし、ヴェントゥスから頼まれるという機会はそうあるものではないし、これからフィリアに内緒でアイスを作るということは、材料を与えてやれば、一人でディズニータウンへ向かうはず――チャンスだ。
「いいだろう」
「本当か!?」
おめでたくも顔を輝かせるヴェントゥスの目の前に、望みどおりプライズポットを出現させる。
「助かるよ、ありがとう!」
「フン。貸しだからな」
ヴェントゥスは嬉しそうにプライズポットを小脇に抱えると、キーブレードに乗って異空の回廊から旅立っていった。
「単純な奴……」
ヴェントゥスの部屋の中で、仮面を取りながら一人笑う。一番の障害であるヴェントゥスがいなくなった今、これでフィリアに会いにいける。
意気揚々と扉を開くと、すぐ目の前の廊下で、布や裁縫道具を両手いっぱいに抱えたアクアがいた。俺を見て、驚いたアクアが持っていた毛糸玉をボトボト落とす。
「おまえは!」
アクアが両手に持っていたものを床に置き、素早くキーブレードを構えて睨みつけてきた。部屋から一歩も出ていないというのに、ヴェントゥスとば別の意味で最大の障害に会ってしまうとは、我ながらついていない。
「何しに来た!?」
アクアのキーブレードが鈍く光る。別に戦うこと自体はかまわないが、揉め事を起こせばフィリアに会うどころではなくなってしまう。俺は転がってきた毛糸玉を拾ってやりながら、静かにアクアの質問に答えた。
「今日は、ヴェントゥスに呼ばれて来ただけだ。おまえと戦うつもりはない」
「そのヴェントゥスはどこだ?」
「出かけた」
短く答えると、アクアのキーブレードを握る手の力が強くなる。
「……信じると思うか?」
「俺がここで戦うかどうかは、おまえ次第だ」
「…………」
青い瞳からの眼差しを、まっすぐに見返した。しばらくして、アクアの手からキーブレードが消える。
「……どうやら嘘は言ってないみたいね。とりあえずは信じてあげる」
俺に敵意がないと理解したのか、態度を少し和らげながら、アクアが差し出した毛糸玉を受け取った。
「フン。懸命な判断だな」
「勘違いしないで。いざとなったら容赦しない」
「……まさか、監視するとか言い出さないだろうな?」
「そうしたいのは山々だけど……私には、これからやることがある」
「やること……ソレか?」
布やら毛糸やらをチラリと見れば、アクアが頷く。
「明日は、バレンタインデーだから」
バレンタインデーは男がするものではなかったのか? 訊ねる前に、アクアは荷物を持って去っていった。どうせ俺のことは、マスター・エラクゥスやテラがいるから大丈夫だと思っているのだろう。不愉快ではあるが、好都合だ。
闇の回廊を使おうとも思ったが、フィリアがどこにいるか分からない以上、他の奴と出会ってしまったら、また面倒なことになりかねない。慎重に進むしかない。俺は足音に気をつけながら、とりあえず大広間に向かって歩き出した。
「テラか。何用だ?」
「マスター。俺に、異世界へ行く許可を下さい」
広間の近くでテラとマスター・エラクゥスの話し声が聞こえ、咄嗟に柱の影に身を潜ませた。
「バラの花を買いに、レイディアントガーデンまで行きたいのです」
「バラの花……? 一体、何に使うのだ?」
修行一筋の"あの"テラが、自らバラを買い求めるなどらしくない。興味が湧き、気配を消して聞き耳をたてた。
「明日は、異世界の風習でバレンタインデーというものらしく……身近な者に、感謝の印として、バラやカードを贈るらしいのです」
「異世界の風習か……感謝することは大切なことだ。いいだろう」
「ありがとうございます!」
テラがエラクゥスに頭を下げる。テラの言っていたバレンタインデーは、ヴェントゥスの言っていたバレンタインデーと違っていたことが引っかかったが……まぁ、自分には関係ない。
「そういえば、テラ。食堂の封鎖は、一体いつまで続くのだ?」
去ろうとしたテラを、エラクゥスが呼び止める。テラは振り向きながら、困ったように苦笑した。
「フィリアがバレンタインデーの準備をしているようです。入ったら怒られるので、俺にはなんとも……」
フィリアは食堂にいる。その情報さえわかれば、あとは闇の回廊で十分だ。俺は浮き立つ気持ちを抑えながら、早々に闇の回廊を作り出した。
\やるやるやる〜/
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