白い部屋でひとり、目を覚ました。










★ ★ ★










 ネオンに照らされた町、トラヴァースタウン。気がついたときには、俺たちはこの世界にたどり着いていた。
 島ではぐれたリクとカイリを捜しているとレオンたちに会って、突然この手に現れたキーブレードがとても貴重なものなのだと――持っている限りハートレスに狙われると教えられた。考える暇もないまま再びハートレスに襲われて3番街にたどり着くと、空から降ってきたのは鳥と犬、そして巨大なハートレスだった。
 ちょっぴり怖いけど、やるしかない!……そう思って、鳥と犬と三人でハートレスに戦っていたときだった。
 始めはいい感じに手脚のパーツを倒していた。けれど、残り胴ひとつになったとき、戦況が一変した。胴が高速回転して迫ってきてすりつぶされそうになり、とっさに壁の間に逃げ込んでしまった。けれど、そこはロクに身動きもできない死の隙間だった。ハートレスが耳に痛いほどの音と火花をたてて壁ごと削ろうとしてくるのを、ただ待つしかなかった。

「ソラ!」

 ふいにフィリアの声が聞こえた気がしたすぐあとに、3番街広場に雷が轟き降り注いだ。島で見た嵐とは違い黄金色に輝く雷電は、ほとんどがハートレスに叩きつけられその動きを止める。
 チャンスだ。
 無我夢中で隙間から脱出し、キーブレードを構える。そしてトドメをさす――その時だった。

「えっ」

 ハートレスをまっぷたつに割る閃光。あんなに苦労したのに、あっけなくハートを打ち上げて消滅するハートレス……残っていたのは、剣を逆手に持った男だった。金色のツンツンした髪、肩に鎧の一部をつけている変わった身なり。けれど、何よりも視線はその手元に惹きつけられた。だってその黒い片翼のような剣は、自分のものとは違うがキーブレードだったからだ。

「今のはアンヴァースじゃない……あいつの仕業じゃないのか」

 男はキーブレードをひゅるんと手遊びさせたあと、すぐに消し去った。それだけで、ずいぶんキーブレードの扱いに慣れていると感じる。

「だれなんだ……?」

 思わず呟いた質問に反応して、彼がこちらを振り向いた。青い瞳を見たときなぜか懐かしいと思った。初めて会ったという気がしなかった。

――キミは――
「ヴェン!」

 男が何か言おうとしていたが、その前に大きな声が響く。先ほどまで一緒に戦っていたアヒルとイヌが嬉しそうに彼へ駆け寄っていった。男は面食らった顔をしていたが、すぐに彼らへ笑い返した。

「ドナルド。グーフィー」

 名を呼ばれた二人は「いままでどこに」とか「また会えて嬉しい」と口々に男へ話しかけていた。すっかり再会を喜びあう三人の世界で、自分だけ蚊帳の外だ。つまらない思いでそれを眺めていると、少女の声が自分を呼んだ。

「あ、フィリア」
「ソラ。ソラ……!」

 泣きだしそうな顔をしたフィリアは、こちらの前にたどり着くとしきりに様子を確認したがった。

「ソラ、ケガしてない? 痛いところは? 私、とっても心配だったの」
「俺はホラ、だいじょうぶ! フィリアたちの方こそ」
「フィリア?」

 話の途中にポカンとした声で割り込んできたのは、フィリアの後ろからゾロゾロ現れたレオンでもユフィでも、その横にいた女性でもない。ヴェンと呼ばれていたあの男だ。その視線は一心にフィリアへ向けられていて、フィリアも自然と男を見た。男の顔が紅潮してゆく。

「フィリア!」

 大きく呼ばれ、フィリアの肩がビクリと揺れた。「知り合いなの?」そう訊ねる暇もないほど速く男はアヒルとイヌを押しのけてこちらへ走ってくる。フィリアの眼前に立つと、数秒の間、食い入るようにフィリアを見つめていた。泣くんじゃないか。そう思うくらい彼が感動していることだけは分かった。フィリアはただただ戸惑っていたが。

「フィリア、会いたかった――
「え、きゃっ」

 男は言い終わるが早いか、フィリアを熱烈に抱きしめた。その瞬間の周囲の反応はさまざまだ。自分とアヒルは「はあっ!?」ってあんぐり口を開け、イヌは「良かったねぇ」と祝福し、レオンは目を丸くしてだんまり、ユフィは「ヒューヒュー!」と茶化し、くるんくるん頭の女性はニコニコ見守った。

「もう、会えないと思ってた」

 フィリアの髪に顔をうずめて囁かれていた言葉は、すごく深い感情が篭められているように思えた。
 男がさらにぎゅうぎゅう抱きしめたので、さすがに放心していたフィリアがもがき始める。

「くる、し――や、はなして……はなして!」

 純粋な拒否に違和感を覚えたのか、男がしばし目を瞬いた。腕を緩め、しかしフィリアの両肩から手を離さないまま顔を覗きこむ。

「フィリア……?」

 呼吸を整えながら、おずおずフィリアは男を見上げた。

「あなたはだれ?」
――俺が分からないの!?」

 男は大層ショックを受けたが、すぐに思いついたようにフィリアの左腕に手をかけた。

「ちょっとゴメン」

 返答を待たず、一気に袖をめくりあげる。二の腕にあった傷跡を撫で「やっぱり、フィリアだ」と呟いた。一方、隠してた傷跡を把握されていたフィリアは真っ青になる。

「い……いやあっ!」
「うわ――っとと」

 男の手を振り払ってフィリアが腕の中へ飛び込んでくる。怖さの反動からかぎゅうーっと抱きしめられて役得なのだが、そんなこと考えてる場合じゃない。男から凄まじい嫉妬を感じ背筋が凍るような心地だった。

「フィリア、どうして……?」
「えーと……フィリアは俺たちの世界に来る前のこと、何も覚えてないみたいなんだ」
「そんな――テラとアクアのことも忘れちゃったのか?」

 そのふたつの名にも反応がないことに、男はしばし愕然とした。

「そうだ、つながりのお守り! あの日、いっしょにアクアからもらったんだ。フィリアもちゃんと持っているだろ?」

 男が慌ててポケットから緑色の――カイリの持っていたお守りに似ている――星に似たチャームを取り出すも反応なし。仕方なく代わりに「フィリアがそれを持ってるところ見たことないな」と答えると、男はいっそう哀しげな顔になってしまった。

「俺達、あんなに一緒にいたのに。全部……全部覚えていないなんて……」

 目を強く瞑って自分にしがみついているフィリア。ふと、彼女が島に来たばかりのことを思い出した。ボロボロで、血まみれ跡がおびただしい布切れを着ていた――
 男がゆるく頭を振った。

「いや……ゴメン。俺のせいだ……キミを傷つけたのも、守れなかったのも」

 それきり男も黙ったので、場がすんごく重い空気のままなってしまった。ユフィですら「あー……」と言葉を探している。

「そういえば」

 ふいに、男がようやくまともにこちらを見た。

「直接キミと会うのは初めてだな」
「え?」

 意味深な言葉まわしを疑問に思ったが、男は無理に微笑んで続ける。

「はじめまして、ソラ。俺はヴェントゥス。みんなからはヴェンって呼ばれてる」




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