鉄の街に降る光の花びら。
 受け止めるように掌を差し出すと、触れるか触れないかのところで儚く空気に溶けて消えてしまう。

「どうして忘れていたんだろう」

 9年前から始まった、闇の勢力による世界の危機。それはこの街のかつての姿も、絶対に忘れまいとした約束も私の記憶から奪い去っていたらしい。
……なんて、言い訳かな。あのあと、なかなか会いに来てくれない君を恨んだりもしたのにね。

「君にも、この光景を見せてあげたいな」

 語りかけながら、光零れる空を見上げた。

「ヴェン――」

 確か、あの日もこれくらい綺麗な青空だった。










 輝ける庭、レイディアントガーデン。
 この世界の最大の魅力といえば、何といっても花と噴水で飾られた美しい広場と優しいアンセムさまだ。賢者であるアンセムさまの統治の下、私たちは毎日穏かで幸せに暮らしていた――のだが、最近、この世界では深刻な問題が発生していた。

「おい、フィリア」

 後ろから呼び止められて振り向くと、リアとアイザがそこにいた。私の家の近くに住む、少し年上の二人組だ。

「リアにアイザ、何か用?」
「『何か用?』じゃないだろう。なんでおまえがこんなところを歩いている?」
「空中庭園に行くためだけど」
「おまえ、まさか花壇の手入れに行くつもりかよ?」
「もちろん」

 私は持っていたジョウロにバケツ、おまけにシャベルを二人に見せつけるように持ち上げた。二人は顔を見合わせて、リアは焦ったような、アイザは呆れたような表情になる。

「おまえな……。外に出ることは危険だって教えただろ?」
「悪いことは言わない、今すぐに家に帰れ」
「イヤ」

 勢いよく顔を背け歩き出すと、二人が追いかけてきた。

「おまえみたいなチビは、モンスターにぺしゃんこにされちまうぞ」
「そんなの、怖くないもん」
「いいのか? ぺしゃんこになるということは、骨が折れたり内臓が」
「待てっ、アイザ! その先は言うな!」
「なんだリア、怖いのか?」
「おまえの例えは具体的すぎるんだよ!!」

 リアの大きな怒鳴り声が狭い通路に反響してゆく。あんまり騒がしいと、おとなの人に見つかっちゃう。

「もう、二人ともついてこないで!」
「かわいい妹分が死地に向かっているのを、放っとけるわけないだろう?」
「妹分って言う割に、仲間に入れてくれないじゃない」
「おまえにはまだ危険なんだ」

 アイザのいつもの言い訳を聞きうんざりする。足を止め、もう一度二人の方を振り返った。
 すごく単純な古典的戦法だけど。私はいきなりびっくりしたような顔をして適当な方向に指を立てた。

「あっ、ディランさんだ」
「げげっ!!」
「なにっ!?」

 二人が超苦手とする名前をあげれば、面白いほど簡単に引っかかる。その隙に私は猛ダッシュで走りだした。すぐに気付いたリアの悔しそうな声が聞こえきたけれど、そのときにはすでに空中庭園への隠し通路に飛び込んでいた。 










「うわー……」

 空中庭園を見て、私は声を上げる。感動したのではなく、悲惨さに驚いた「うわー」である。
 花壇は砕かれたり崩されり、土は足跡だらけだったり穴だらけだったりで、とにかくひどい惨状だった。

「想像以上にめちゃくちゃだよー」

 昨日、交代で花壇の世話をしているエアリスが整備してくれたはずなのに。誰かここで戦闘でもしたのだろうか。
 無残な姿にされた庭園に気力がごっそり削げられた気分だが、落ち込んでばかりもいられない。この状況をどうにかするために私はここまで来たのだから。

「よぉし……がんばるぞー!」

 袖まくりして無理矢理に意気込むと、私は花壇の整備を開始した。










 作業を開始してから数十分経ったころだろうか。ポンッと大きな音がしたので顔を上げると、モンスターがそこにいた。

「わわっ!?」

 驚いて後ずされば、またそこにもモンスターが。いつの間にかモンスターたちに囲まれていた。小さいのや大きいもの、鳥のようなものに丸いモンスターが私の周りを飛び、跳ねている。

「えと、魔法を……」
「危ないっ!」

 慌ててマーリンさまに習ったことを思い出していると、知らない男の子が飛び込んできた。クセのある金髪。年は私より上でリアたちより下くらい。手に奇妙な武器を持っていた。

「早く隠れて!」
「でも、君も」

 「危ないよ」と伝える前に、男の子はモンスターたちに向かっていった。城の門番さんたちでさえ手こずるモンスターたちが、彼に簡単に倒されてゆく。

「すごい……!」

 羽のような身軽さでモンスターたちを退治してゆく少年に、私は隠れるのも忘れ、すっかり見惚れてしまっていた。
 どんどん消されてゆくモンスターたち。そのほとんどがいなくなったとき、ふと、空から彼の背後を狙っている鳥のモンスターに気がついた。

「――ファイア!」

 モンスターの嘴が彼に触れる前に、私の掌から放たれた火炎球がモンスターを消滅させる。

「ふぅ……」
「助かったよ、ありがとう」

 成功に安堵しているうちに、彼は残りのモンスターを全滅させていた。慌てて身なりを整えながら改めて彼に向き直る。

「お礼を言うのはこっちの方。助けてくれてありがとう。私、フィリア」
「俺はヴェントゥス。みんなからはヴェンって呼ばれてる」
「ヴェントゥス……私もヴェンって呼んでいい?」
「ああ」

 ヴェンの手にあった武器が光になって消える。不思議な武器――不思議な子。

「あんなにたくさんのモンスターをひとりで倒しちゃうなんて、ヴェンは強いんだね」

 ヴェンが困ったように照れ笑いをする。

「フィリアは、ここで何してたんだ?」
「花壇の手入れだよ。モンスターたちが荒らしちゃうし、大人たちはモンスターが怖いって放っとくから、私たちが直してるの」

 「そうか」と言いながら、ヴェンが考える素振りをした。

「またモンスターが現れるかもしれない。家に帰ったほうがいいんじゃないか?」
「私には魔法があるし、秘密の隠し通路をたくさん知ってるからだいじょうぶ。それより、ヴェンはどうしてここへ来たの?」
「あ、俺、テラを探してたんだ。フィリア、俺みたいな格好をした男の人を見かけなかった?」
「ヴェンみたいな?」

 ヴェンを見つめながら私は眉を寄せて記憶を探る。花壇の整備に夢中になっていて特に気にしなかったけれど、浄化施設から誰かが飛び出して行ったっけ?
 浄化施設の方に視線を向けると、ちょうど男の人が出てきていた。格好もなんとなくヴェンに似ている。

「それって、あの人のこと?」
「あっ、テラー!!」

 ヴェンはその男の人を見ると一目散に駆けて行った。全く似ていないけれど、兄弟なのだろうか?
 テラというお兄さんは、悲しいことがあったのかとても暗い顔をしていた。そっぽ向いたり下を向いたりしながらヴェンといくつかお話しすると、鎧の格好になって、不思議な乗り物に乗って空へ跳んでいってしまった。

「飛んでっちゃった……」

 信じられない光景にぼーっと空を見ていると、ヴェンがすごい速さで駆けてくる。

「あ、ヴェン」
「ごめん、俺、急いでアクアに伝えなきゃ!」

 まるで風のように、ヴェンはエントランスに行ってしまった。

「アクア?」

 助けてくれたお礼に一緒にその人を探すべきかとも考えたが、知らない名前だ。
 再び庭園にひとりになった私は少しだけどうするか悩んだ後――とりあえず花壇の整備を再開することにした。




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