「よっと。」



ヴェントゥスはキーブレードから飛び降り、鎧を解除すると、辺りを見回した。
見渡す限り野原が広がる世界。
強いていえば、大きな木が一本、少し先に立っているくらいだ。

ヴェントゥスはとりあえず、その木の所まで歩いていく。
近寄ってみるとその木は意外と大きくて、ヴェントゥスは口をポカンとあけて見上げた。
しかし見上げているのにも飽きたヴェントゥスは、その木の周りを歩いてみることにした。



「ん?」



ヴェントゥスは歩くのをやめる。
木の根元に、とても大きな穴があいていたからだ。
ヴェントゥスは恐る恐るその穴へと歩み寄り、上から覗き込む。
穴の中は真っ暗で、何も見えない。
ヴェントゥスは穴の中をもっとよく見ようとしてその場にしゃがみ、身体を乗り出した。

その時。








「え?――――うわぁあっ!?!?」




穴の中から伸びてきた手がヴェントゥスの腕を掴んだ。
そしてそのままヴェントゥスを穴の中へと引きずり込んだ。






「うわあああああああ!!!!!」






ヴェントゥスは成す術もなく、暗闇の中を真っ逆さまに落ちていった。















「…んっ……。」



ヴェントゥスは、柔らかい光を感じて、重たい瞼を持ち上げる。
身体を起こし、辺りを見回す。
ヴェントゥスが横たわっていたのは、先程とは違い、花が咲き乱れていて美しい野原だった。




「ここは…どこだ?」
「ここは原っぱ。見りゃわかるっしょ?」
「うわっ!?!?」



独り言に返事がきたことに驚いたヴェントゥスは、ばっと後ろを振り返る。
そこには少女がいた。
否、少女だけでは説明不足だ。
大きな木の枝に足を引っ掛けて、空中ブランコでもしそうな宙ぶらりんな状態の猫耳をつけた少女。
これが正しい説明だ。
よく見れば、少女には耳だけではなく尻尾もある。
猫耳少女は、にやにやと笑みを浮かべてヴェントゥスを見つめていた。




「いや、聞きたいのはそういうことじゃなくて…もっと具体的に教えてほしいんだ。」
「ここは森中町の原っぱ二丁目の花畑。ついでにここに住んでる蝶々さんちのご一家は、来週まで旅行で帰って来ないってさ。」
「そういうことじゃなくて!!っていうかそんな名前の場所なの!?ここ!!ネーミングセンスないよ!!」
「あるわけないじゃん。嘘だよーん。」
「嘘なのかよ!!」




コントのような会話をしている間も、猫耳少女は尻尾をゆらゆらさせながらにやにやと笑う。
そのふざけた態度がなんだか腹立たしい。
しかし、ここがどこだかわからない以上、この少女に聞くしかない。
仕方ないが、ヴェントゥスは会話を続ける。

一つ深呼吸をして気を落ち着ける。




「俺はヴェントゥス。みんなからはヴェンって呼ばれてる。君の名前は?」



そう尋ねると、少女はひょいと木から飛び降り、音もなく着地した。



「私はフィリア。みんなからはチシャ猫って呼ばれてる。」
「何でチシャ猫って呼ばれてるの?」
「大人の都合ってヤツだよ。」




フィリアと名乗った少女は、そう言ってけらけらと笑った。

全くもって理解出来ない。
ヴェントゥスは話をしても時間の無駄だと見きりをつけ、フィリアに背中を向ける。
そして異空の回廊を開くためにキーブレードをかざした。

最初からこうすればよかった。










「……………あれ?」




異空の回廊が開かない。
ついさっきまでは開いていたのに。




「無駄無駄。」



いつの間にかヴェントゥスの隣にきていたフィリアがそう言ってにやりと笑った。



「ここでは君の常識は通用しないの。出来ることが出来なくなって、出来ないことが出来るようになる。時には上が下にもなるし左が右にもなる。」
「意味わかんないよ!もっとわかりやすく言ってよ!!」
「これが私の精一杯♪」



そう言ってフィリアは、またけらけらと笑い始めた。
ヴェントゥスはがくりと項垂れる。
結局ヴェントゥスがわかったのは、この少女の名前と、ここでは異空の回廊が開けないということだけ。

ヴェントゥスは仕方なくとぼとぼと歩き出した。
ここでフィリアと話をしていても時間の無駄でしかない。
フィリアがついてくる気配はない。
少しだけ気になって振り返って見たが、もうそこにフィリアの姿はなかった。
ヴェントゥスは首を傾げながらも歩き続けた。















「なんだよここっ!!!」



ヴェントゥスは荒々しい足取りで一人歩いていた。
ヴェントゥスのイライラはすでに最高潮に達していた。




「兎が二足歩行してるし、変な奴らに“誕生日でない日おめでとう”とか言われるし、卵に話しかけられるし!なんだよここ!!」
「強いて言うなら君の知らない場所ってことだね。」
「こんな所知ってるわけないだろ!!頭狂いそう!!」
「ここはそういう場所だからね。諦めて楽しみなよ。」
「楽しめるわけないじゃんか!こんな変な世界で………って、俺誰と話してんの?」




ヴェントゥスは歩みを止め、振り返った。
そして顔をひきつらせる。




「やぁ〜また会ったね〜。」
「いつからいたんだよ!?!?」



そこにいたのはけらけらと笑うフィリア。
さっき別れたはずだろ!?




「で、これからどこ行くの?」
「出口を探さないと。…まぁお前には関係ないけど。」
「ハートのお城に行けば?」



フィリアの提案に、ヴェントゥスは驚いて目を丸くした。
まさかフィリアが自分に助言をくれるなど、ヴェントゥスは想像していなかったのだ。




「いってらっしゃーい♪」
「ありがとう!!」



笑顔で手を振るフィリアに礼を述べると、正面に見える城へ向かってヴェントゥスは駆けていった。















「騙された!!ってか疑え!俺!!」



ヴェントゥスは城の庭を突っ切って、外に出ると、あてもなく走り出した。
その後ろから、トランプ兵が追いかけてくる。
想像以上のスピードで。

止まったら殺される。
ヴェントゥスの頭にはそのことしかない。
ヴェントゥスは必死の形相で、全力疾走し続けた。





「ちきしょぉぉ!!なんでもっと疑わなかったんだよ俺えええぇ!!!」
「最初から人のこと疑ってかかるなんてよくないよ〜。」
「誰のせいだよ!!!」




突然現れたフィリアの存在にも、もう慣れっこだ。
足を動かさすことはやめずに口も動かすヴェントゥスの横を浮遊するフィリア。
どんな仕組みだよ!?
今はそんなこと言ってられません。





「フィリア!ほんと頼むから!!お願いだから出口教えて!!」



ヴェントゥスが懇願すると、フィリアはにこりと優しく微笑んだ。





「あっちだよ。」



フィリアはそう言って、その方向を指差す。



「あっちなんだな!?」
「ううん。そっち」
「どっち!?!?」



確認を取ってよかった、と心底思うヴェントゥス。
ちゃんと学習しています。




「あっちはトイレで、そっちはあたしんち。」
「どっちも聞いてないよ!!」
「あらま。だってさっきトイレ行きたいって言ってたじゃん?」
「言ってないっ!!!」




全速力で走りながらコントのようなやり取りを続けるフィリアとヴェントゥス。
ヴェントゥスの体力は、限界に近づいている。

まずい。
非常にまずい。
ヴェントゥスは泣きそうな顔をして歯を食い縛る。




「…。」



そんな苦しげなヴェントゥスの横顔をフィリアは盗み見ると、小さく溜息を吐いた。




「もうちょい遊びたかったけど、仕方ないか。」
「えっ?」
「はい。お疲れさん!」



フィリアがそう言って、手をあげた。

すると、ヴェントゥスの下に大きな黒い穴が口をあけた。








「うわあああああああっ!!!!!」



来た時同様、ヴェントゥスは穴の中をまっ逆さまに落ちていった。















「うわっ!?」



木の根元にあった入り口からぺっと吐き出されるようにヴェントゥスが出てきた。




「いてて…どうなってるんだよ?」
「楽しかったでしょ?」
「! フィリア!」




聞き慣れた声に振り返ると、穴から顔を出すフィリアがいた。




「あ!俺のこと引きずり込んだのってフィリアだっただろ!?!?」
「ぴーんぽーん♪」




ヴェントゥスの言葉に、フィリアはにやりと笑って答えた。



「なんでこんなことしたんだよ!!」
「君に、会いたかったんだよ。」
「!!」
「私は、この穴から出ることは出来ないから。」




真面目な顔をしてそう言ったフィリアを見て、ヴェントゥスは目を丸くした。
ふざけてるだけじゃなくて、そんな顔もするのか…と。








「また、会いにきてくれる?」



フィリアが無邪気な笑みを浮かべてそう問いかけた。
ヴェントゥスはとっさに顔を背ける。
無意識に集まる、頬の熱を悟らせないために。








「き……気が向いたら、な。」


不思議の国の


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