光と花が溢れるレイディアントガーデンの空中庭園へ、フィリアは駆け足でたどり着いた。丁寧に施した化粧が汗で崩れいないか心配しながら、必死に待ち人を探す。すぐに花壇が並ぶ広場の中央で空を見上げる白衣の男を見つけ、パっと表情をほころばせた。

「ゼアノート!」

 男が振り返る。ある日突然、記憶喪失状態で中央広場に現れたこの男は、いつもほとんど無表情なので何を考えているのかいまいち分からない。

「ごめんね、待たせちゃった?」

 すっと通った鼻筋に薄い唇と整った容姿に、高い身長、鍛え上げられた肉体。まるで彫刻のように美しい男は「いや……」と首を横に振った。
 フィリアは普段より着飾った己を見ても何の反応も示さないゼアノートをジッと見て、心の中でため息をつく。

「良かった。じゃあ、行きましょ」

 フィリアは勇気をだして、自然な感じを意識しながらゼアノートの左腕に腕を絡ませた。ゼアノートは束縛された左腕をちょっと気にしたようにチラッと見たが、特に抵抗なくされるがまま。
 ふたりは商店街目指して歩き出す。





 喫茶店のオープンテラス。
 新作のケーキを前にフィリアは瞳を輝かせた。対するゼアノートの前にはコーヒーが湯気をあげている。

「いただきます」

 フィリアは満面の笑みでケーキを頬張った。「んー、おいしい!」なんて全身で幸せを表現すると、やっとゼアノートは興味深そうにフィリアを眺め始めた。フィリアは視線に気づき、フォークを使ってケーキから大き目に一口切り分けゼアノートへ差し出す。

「はい。あーん」
「私に?」
「おいしいよ」

 僅かな間のあと、ゼアノートがぱくっとフォークに食いついた。想像以上に甘かったのか、僅かに眉間に眉が寄って、嚥下したあとコーヒーを飲んでいた。

「お、フィリアちゃん。もしかして恋人かい?」

 顔見知りの喫茶店のオーナーが裏からひょいと顔をだす。フィリアはへにゃっと照れ笑いで肯定した。
 二人が恋人関係になって、まだ日は浅い。
 フィリアは研究者ではないが、母がアンセムの元で働いており、結婚を機に辞職した。アンセムは優秀な統治者であり研究者だが、いまいち生活力が弱い男のようだ。研究に没頭すると食事をアイスで済ませ倒れることがあったため、フィリアは家業で動けない母の命令でたまにアンセムの城へ食事を届けたり、小さなイェンツォの面倒を見るため出入りしていた。
 そこで出会ったのが、記憶喪失のゼアノート。イェンツォとまとめてあれこれ世話をしているうちに、ゼアノートから「キミの瞳はとても輝いているのだな」などと口説かれはじめ、交際に至ったのだ。

「本当に、アンセム様の元で研究するの?」

 記憶を失ったゼアノートを憐れんだアンセムは、彼の記憶を取り戻すため様々なことをやらせていた。記憶を失っても体が覚えていること──見た目の屈強さどおりゼアノートは武術の心得があったし、頭脳明晰。小難しい研究用語、計算式をあっと言う間に覚えてしまって、気がつけばそこらの研究者よりも優秀なアンセムの助手となっていた。
 いまは弟子にならないかと誘いをもらい、即快諾したようだ。アンセムとその弟子たちは平気で城に数日、数週間と引きこもる性格で、せっかく恋人ができたフィリアとしてはちょっと恋路に不安を覚えた。
 ゼアノートはコーヒーのカップを置きながら、女心が全く分かってない顔で頷く。

「記憶を取り戻す助けになると言われたし、拾ってくださったアンセム様に恩返しもできる。それに、なによりも──」

 言葉が途切れたので、フィリアは続きを待った。彼はテーブルのコーヒーカップから視線を外さないままポツリ呟く。

「私はこうするべきなのだと──思う」
「そっか……うん。私もいいと思う」

 フィリアは特に深く考えず、確かに何も後ろ盾のない彼にとって一番いい選択だと納得し、身を乗り出して彼に軽く口づける。驚いたゼアノートが目をパリクリさせるので、照れ隠しに微笑んだ。

「応援してる。でも、研究で忙しくなっても、ちゃんと私とデートしてね?」
「ああ……わかった」

 ゼアノートが表情を柔らかくして頷いたので、フィリアはやっと安心したのだった。





 かくして、その約束はあまり守られなかった。
 ゼアノートはフィリアの予想通りアンセムと共に研究に夢中となり、毎日食事を差し入れているというのにデートはおろか会えない日が二週間、三週間と平気で続いた。「彼は私より研究と恋仲になったみたい。このまま自然消滅かしら」なんて、フィリアは今日も城へ食事を運びながらしょんぼり考える。
 許可のない部屋には入ったことがない。フィリアがいつもの部屋に食事を用意していると、普段はバラバラに食事をとる研究者たちが、今日に限って珍しくアンセム含む研究者や弟子たち全員が食事の席へ現れた。もちろんゼアノートもいる。
 不思議がるフィリアへ、アンセムが破顔して説明した。

「明日は特別な日だから、みんなでいただこうと思ってね」
「特別って?」
「我々の特別なんて決まっているだろう。実験だよ」

 エヴェンが得意げに答え、みんなの視線がゼアノートへゆく。

「明日、彼の心に関する実験を行うんだ。もしかしたら失われた記憶を取り戻す助けになるかもしれない」

 アンセムの言葉を理解した途端、フィリアは持っていた鍋蓋を落としてしまった。恋人がそんな重要な実験をするなどチラリとも聞いていない。
 フィリアの反応を見て、周囲の人間はゼアノートに「まさか、言っていないのか」と問う表情をした。ゼアノートがいつもの無表情でフィリアの側にやってくる。

「皆が、私のためにしてくれる実験だ」
「うん。でも。だけど──」
「私からアンセム様に申し出たのだ」

 自然に思い出すのではなく、実験で無理矢理思い出して本当に大丈夫なのか。彼の心や精神に害はないのか。アンセムは実験の被験者を常に募集している。わざわざゼアノートで試す必要はあるのか。
 やる気に満ち溢れた研究者たちの手前フィリアは疑う言葉を出せず、泣きそうな顔で彼を見上げたが、同時に察した。ゼアノートの瞳は確固たる決意を宿しており、フィリアがどんなにごねても決してこの実験を中止しないだろう。

「わかった。成功を祈ってる……」

 場の空気が和らぐ。さぁみんなで食事をいただこうとワイワイ賑わいが始まって、誰もフィリアの沈んだ気持ちに気がつくことがなかった。






 果たして実験は成功したのか、失敗したのか。結局ゼアノートの過去の記憶は蘇らないまま、今後の実験は中止となったことだけを伝えられた。

「私は継続を望んだが、アンセム様は中止するよう命令したんだ──」

 ゼアノートは非常に残念がっているようだった。記憶が戻る期待が裏切られたせいだと、内心ホッとしていたフィリアは、その胸の内を隠して彼を慰めた。
 ゼアノートはそれから更に実験にのめりこんでゆき、二人が会えない時間は更に増えてゆく。





 近くに女の研究者がいて、彼が浮気してる──とかだったら別れる決心のひとつでもつけられるのに。
 フィリアは今日も食事を運びながらこっそりため息を吐く。もはやゼアノートとは恋人関係であるかも怪しいほどに会えない日々が続いていた。
 しかし、それでも会えたらキスするし体を重ねることもある。結局のところ、フィリアも彼を心底愛しているため己に時間を割いてくれない寂しさを理由に別れを切り出すことなどできず、他に男をつくることもなく、ずるずると恋人関係は続いていた。
 ゼアノートはベテランのエヴェンやディランたちを追い抜いて、今やアンセムの一番弟子として活躍していた。加えて小さなイェンツォも研究に参加するようになって、今は差し入れを持ってゆくだけだ。
 フィリアを抱いた後、ゼアノートは決まって研究のことを少し呟いた。

「実験のいくつかを、アンセム様の代行として任されるようになった」
「すごい。さすがゼアノートだね」

 フィリアの称賛の世辞は、ゼアノートの耳には届いていないようだった。彼はたまに、どこか遠くを見つめて小さく呟く。

「まるで定められていたかのように、自分がどうするべきか分かる瞬間がある……」
「それは、失った記憶と関係があるの?」
「分からない。だから研究を続けるのだ」

 ゼアノートが研究で活躍することは自分にとっても喜ばしいこと。それに、彼は失った記憶を取り戻したがっている。だから理解してあげないと……。
 フィリアは寂しいと思うたび、呪文のように己の頭で幾度も己を諭した。





 更に数か月経った。
 今日もまた会えない恋人や研究者たちの元へフィリアが食事を運ぶため街を歩いているところだった。遠くからバタバタ足音が追いかけてくる。

「フィリア!」
「リアとアイザ。どうしたの、そんなに慌てて」

 少し前までは「姉ちゃん、姉ちゃん!」なんて可愛らしく追いかけてきた少年たちは、今やすっかり生意気になって呼び捨てで呼んでくる。フィリアはいつもヘラヘラ笑っているリアがちょっとむつかしい顔をしていることが気になった。

「あのさ、今日も城に行くんだろ」
「ええ、そうよ。……アッ、あんたたち、また城に忍び込んだって聞いたわよ。ディランさんたちに迷惑かけちゃダメじゃない」
「悪いが、急いでいる。説教はあとにしてくれ」

 全く聞く気がなさそうなアイザの返事にフィリアが呆れる暇もなく、リアが問うてくる。

「なぁ、あそこにいる女の子について、何か知ってる?」
「女の子って?」
「俺たちくらいの年の子だよ。知らねーの?」

 リアの問い質しにフィリアはちょっと記憶を探る。そもそも城内に女性は少ないし、募集している被験者は大人を基本としている。もしリアたちくらいの年齢の子なら一度見たら絶対に忘れないだろう。

「研究者じゃない私がお城の部屋の全部に入れるわけじゃないから。そんな子は見たことないわ」
「そっか……」

 すると、ふたりは目に見えて落ち込んでしまった。フィリアは落胆させてしまったのに焦り、二人を笑顔に戻したかった。

「そんなに気になるのなら、私からアンセム様に聞いてみようか?」
「いや、いい」

 すぐに答えたのはアイザ。リアもその判断に従ったようだった。キッパリ断られてしまったら、もう取り付く島がない。
 フィリアは少年たちが大人の知らないところで何か事件に巻き込まれていないかとても心配になったが、ひとまず「悪いことはしちゃダメよ。何かあったら力になるからね」と言うに留めた。
 そして、数日後、リアとアイザがちゃっかりアンセムへ弟子入りしており仰天することになる。





 運命の日。
 今日もフィリアが城へやってくると、何やら雰囲気がおかしかった。出会った人たちの端々の話で、ゼアノートとアンセムが揉めたらしいことが伝わってくる。

「ゼアノートが、裏でアンセム様が禁止した実験を続けていた」
「アンセム様に気づかれて、どうやら叱責されたらしい」

 二人に会いたくなって、フィリアは城の廊下を歩き回りゼアノートを捜した。普段は立ち入らない部屋が連なる廊下まで進んだところ、ゼアノートとアンセムがこっそりひとつの部屋に入る瞬間を目撃する。
 出る幕ではないと承知していても、心配が勝って、フィリアは扉の前でふたりを待とうと思ってしまった。扉は薄いので、内容こそ分からないが中の声の様子は分かる。
 きっとゼアノートは記憶を取り戻したい一心でいいつけを破ってしまったのだ。もしアンセムが彼を許さなかった場合、フィリアはそう自分からも口添えし、許しを乞うつもりであった。
 けれど、部屋の中から聞こえてきたのはアンセムの悲鳴だった。

「なっ……やめなさい。ゼアノート!」

 ただごとではない。フィリアはとっさに扉を開いた。目に飛び込んできたのは部屋の中に広がる大きな闇と、その中に吸い込まれかけているアンセムと、無表情でフィリアを振り向くゼアノートだった。

「アンセム様!」

 フィリアはアンセムを助けようとゼアノートの横を通り手を伸ばした。けれど届く前に闇がアンセムを呑みこみ、すぐに跡形もなく消えてしまう。

「ウソ。そんな、アンセム様……ゼアノート、アンセム様が!」

 フィリアは震えながら恋人の男を見上げた。彼はあれほど敬愛していたアンセムを助ける素振りもなく、消え失せたことに動揺した様子もなく、ただ淡々とフィリアのことを見下ろしていた。フィリアはその瞳で直感する。アンセムを闇に取り込ませたのはこの男だと。
 少しの沈黙の後、ゼアノートは「なぜ」と言った。

「なぜ、普段近寄りもしないこの部屋に来た」
「あなたとアンセム様が揉めたと聞いて、心配でいてもたってもいられなくて捜していたの。でも……」

 フィリアはじりっと後退する。あれほど恋しく、毎日会いたくてたまらないと思っていた男から今は一刻も早く離れなければいけない。

「あの闇、あなたの仕業なのね……?」

 ゼアノートは答えない。いつも無表情であったが、あれでも愛の温かみがあったのだと痛感するほど、今は恐ろしいほどの冷酷な眼差しでフィリアを見下ろしていた。

「どうして、アンセム様を──あなた、あんなに尊敬していたじゃない!」

 幼い頃から可愛がってくれたアンセムを想い、フィリアはゼアノートを責め涙を零した。ゼアノートは答えない。代わりに無言でフィリアに近づき強い力で片手を捕らえてきた。ヒッとフィリアから悲鳴が漏れる。

「キミにだけは知られたくなかった──とても残念だ」
「ゼアノート、なにを」

 それがフィリアの最期の言葉だった。何で刺されたのかも分からないまま、フィリアは腹から血を流し絶命した。





 イェンツォは、ゼアノートが突然、奥の研究室から血まみれの女の死体を抱いて歩いてきた時、とても怖かった。しかし、その女の正体がよく面倒を見てくれていたフィリアだと知った瞬間、散々に泣きわめいてその遺体にしがみついた。
 ゼアノートは愛した女性の体を大層大事に扱いながら、悲壮極まる表情で皆に言った。

「アンセム様が乱心し、彼女を殺して失踪した」

 会う時間が少なくても、恋人同士である二人がどれほど愛し合っていたかは周囲の知るところである。イェンツォも大好きな姉を奪われるのは寂しくて不満だったが、相手がゼアノートならばとこっそり二人を応援していた。
 尊敬し、実の親のように慕っていたアンセムへの情が絶望と怒りへ変わる。あのアンセムがこんなことをするなんてとても信じられないが、現に遺体はここにあるし、恋人の亡骸を愛おしそうに扱うゼアノートが間違ったことを言うはずもない。
 他の研究者たちもゼアノートに同情し、彼の証言を信じたようだった。また、己から始めた実験なのに制限ばかりをかけるアンセムへの不満もここで溢れたかたちとなり、誰もがカリスマ性溢れるゼアノートが導く闇の実験へとのめりこんでゆく。





 “存在しない者”
 自らが名付けた存在であるノーバディとなったゼムナスは、人間だった頃の記憶をよく蘇らせる。
 今は、ひとりで薄暗い部屋の中で黙々と食事をとっていた。ノーバディの仲間たちも今頃どこかで適当に食べていることだろう。
 アンセムがいた頃は仲間と食卓を囲み、彼女が持ってきたあたたかな食事を楽しんでいた記憶を皮切りに、当時の記憶があふれてくる。
 着飾った姿をどう褒めていいか分からず見惚れていると、期待した眼差しで見上げてきた。彼女がケーキを食べたときに見せた感動の笑顔。嫌ではなかったが、一口わけてくれた時の赤ん坊のように扱われた気恥ずかしさ。そして、キスをした後の美しい微笑み。
 いつも瞳がキラキラと輝いていた女だった。面倒だろうに、人の世話を厭わず、誰にでも優しく親切な女だった。表情は感情に合わせコロコロ変わり、輝く瞳が美しいと思ったことを正直に伝えると面白いほど赤面し「それって、私のことが好きって意味?」と問うてきた。
 会えない日々が続くと、雨の中の仔犬のように落ち込んで帰っていったし、会えたときは初めは不満でしたと拗ねるものの、すぐに嬉しそうに全身で愛を伝えてきた。
 己より小さく細い柔い体を抱きしめ、また抱きしめ返されるたび、幸せの意味を理解した。
 ゼムナスは己の腕を見下ろして、いつも最後にそのぬくもりが失われた瞬間を思い出す。輝いていた瞳が翳り、消えてしまった瞬間を脳裏に繰り返す。そして決して二度と手に入らないことを思い知る。
 ふと、ゼムナスは急に胸の奥が苦しくなり、頬にたらりと液が流れたことに気づいた。触れてから涙だと理解する。なぜ心を持たぬ己がこんなものを流すのか考えるも、とにかく胸の奥が熱く苦しくて、もどかしい。

「フィリア……」

 自ら手にかけた女。あの瞬間、師のように闇へ追放するのではなく消すことこそが正しい定められた道だと、いつもゼアノートが標のように従っていた天啓が下っていた。そしてその通り、彼女の死はゼアノートの役に大いに立ち、研究者たちはゼアノートへ同情し、疑いもしなかった。
 ああなってしまってはどうしようもない。必要な犠牲だった──幾度も頭で理解するが、どうしても処理しきれない、制御できない衝動が胸の奥から込み上げてくる。

「そうか──」

 しばらくしてゼムナスはやっとその正体に気づき、窓越しに暗空を見上げた。

「これが感情だったな──」










 数か月ぶりのデートにフィリアはとても上機嫌だった。いつものように空中庭園でゼアノートと寄り添い、花と空の景色を楽しむ。

「ここは、本当に美しい世界だな」

 穏やかな風に巻き上げられる花びらを見送りながらゼアノートが何気なく呟く。フィリアはそれにクスクス笑った。

「あなた、毎日、研究室に篭ってるから見られないのね」
「仕方ないだろう……」

 憮然と言い返すゼアノートへ、フィリアは繋いでいた腕にこてんと頭も寄せる。

「分かってる。最近ちょっと寂しかったから、いじわる言っちゃった」

 ゼアノートは異性へ気が利く男ではない。惚れた女を安心させる約束ひとつ、贈り物ひとつする気遣いもない。こんな時はどうしたら機嫌がとれるのかしばらく考え、いつものようにキスすればいいのかと思い至り顔を寄せると唇に手をかぶせられた。

「もう、すぐそうやって誤魔化そうとする」

 いつもはキスすれば、はにかみ喜ぶ女が今日はプンスコ怒っている。どうしろというのだ。複雑な計算は一瞬で済ませられる知能も、この時はさっぱり役立たずである。
 ゼアノートが困ってると、フィリアが声量を下げてひそひそ言った。

「ねぇ、私のこと愛してる?」
「そうでなければ、こんなことはしない」
「そうじゃなくて。たまには、ちゃんとあなたの言葉で言ってほしいの!」

 なんだそんなことでいいのか。初めは侮ったゼアノートだが、期待に輝く眼差しで待ちかまえられると、なんだか気恥ずかしくなってくる。
 躊躇っているうちに、そのまま数秒、数十秒と刻が過ぎた。だんだんフィリアの表情から笑みが消え「ま、まさか……」と悲壮感を漂わせはじめる。ゼアノートはそんな彼女の百面相をいつも内心面白いと観察しつつ、涙目になったところでついに降参して、苦笑しながら彼女の望む言葉を囁いた。






R3.9.19




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