ガラッと勢いよく教室の扉が開いたので、談笑していたエラクゥスたちはいっせいに注目した。
 入ってきたのはこのクラスの女子生徒であるウルドとヴェル、そしてフィリアだ。三人とも真っ白な皿を丁寧に持ち、慎重に歩いている。漂う甘い香りにつられ、男子たちは興味深々に彼女たちのもとへ集まった。

「これは、クッキー?」

 机に置かれた皿の上を見て、最初に発言したのはヘルモーズ。三枚の皿にはそれぞれ星や猫の顔、ハートの形にくりぬかれたクッキーが乗っていた。

「三人で作ったの!」

 ヴェルが鼻高々に答え、その横でブラギが「ヴェルのはちょっとコゲてないか?」と笑う。

「フィリアが料理の本を見て、作りたいって言ったから。これならできると思って」
「ウルドが教えてくれたの」

 ウルドとフィリアが「ねー」と微笑みあった。そんな二人を眺めながら、バルドルは「おいしそうだね」と目を細め、ゼアノートは能面のように無表情だ。
 焼きたてほやほやの香ばしいクッキーを前に、エラクゥスは急にお腹が減ってきたように感じた。

「コレ、俺たちも食べていいの?」
「もちろん」
「いっぱい作ったから、食べて、食べて!」

 ウルドとヴェルに許可をとり、エラクゥスはいざ手を伸ばそうとしたが──その前に、口元へ星型のクッキーを差し出される。

「エラクゥス。はい、あーん」

 フィリアが赤ん坊へするように、エラクゥスへクッキーを食べさせようとしていた。
 ある日、突然この世界に現れたフィリアはなぜかエラクゥスによく懐いていて、まだ短い付き合いだとしても、これすらもはや見慣れた光景とされていて、ほとんどの者は「仲良しだね」とか「またやってる〜」とかその程度の反応である。
──ただ一人を除いて。
 エラクゥスはこっそり横目でゼアノートを見た。思った通り、ゼアノートは無表情であったがこちらに穴が開きそうなほどに、メラメラと燃えるような強烈な視線を向けてきている。
 どれだけニブければあの視線に気づかないのか。フィリアはにこにこ首をかしげてエラクゥスになお迫ってくる。

「ちゃんと味見したし、おいしいよ」

 ね、食べてみて。と言われれば断れない。エラクゥスは肌に視線が刺さったまま、えぇい! とクッキーに齧りついた。期待を裏切らぬバターの風味は幸福な気持ちをもたらしたがじっくり味わう気持ちにはなれず、エラクゥスはよく咀嚼せずに呑みこんでしまった。目の前でキラキラ瞳を輝かせて感想を待つフィリアへ引きつった笑顔で答える。

「うまかったよ、ありがとう」
「よかった〜」

 お菓子をくれたうえに、こんなに嬉しそうに微笑んでくれて可愛いなぁ。エラクゥスはついヘラッと笑い返した。フィリアがソワソワと皿を差し出す。

「このお皿のものは全部私が作ったの。ココア味もあるよ、いっぱい食べて」

 他の面々は、すでに別の皿からクッキーを受け取りそれぞれ口に放り込んでいる。
 フィリアにまた一枚クッキーを差し出されたエラクゥスは、もしやフィリアのクッキーを全部与えられるまで終わらないのかと心配になった。

「はい、エラクゥス。あーん、あっ──?」

 くいっとフィリアの手が動きサクッと音が鳴る。エラクゥスに差し出されていた星型のクッキーがゼアノートに噛まれていた。

「へ──?」

 フィリアとエラクゥスがポカンと見上げる間、ゼアノートはしれっとした顔でクッキーをどんどん食べてゆく。銀に光る灰色の瞳がジッとフィリアだけを見つめ、薄い唇で白い指先に触れながらクッキーを食べつくす──。
 エラクゥスが気がついたときには、教室の者全ての視線がふたりに集中していた。思わず顔を赤くしている者、ヒュウと口笛を吹く者、眉を寄せ顔をしかめている者、口をあんぐり開けている者、意外そうに目を見開いている者など反応は様々だ。

「甘いのは得意じゃないが──これは俺好みだ」

 手を離されたフィリアは、ハッと掴まれた箇所をもう片方の手で押さえて沈黙していた。ほんのり頬が染まっている。みんなが観ていることなど眼中にないのか、ゼアノートはフィリアの星型クッキーを摘み、フィリアの口元へ押しつけた。

「おまえも食べたらどうだ?」
「え? でも、はむ──」

 ポリ、もぐもぐ。パリ、もぐもぐ。
 目を白黒させながらフィリアがゼアノートに与えられたクッキーを食べ終えると、ゼアノートは満足したようで、また一枚星型のクッキーを取った。くす……と微笑みながら星の縁を指でなぞる。

「まるで、パオプの実のようだな」

 とたんに真っ赤になったフィリアの顔色を確認すると、ゼアノートはご機嫌そうに教室を出て行ってしまった。扉が閉められたタイミングで残された面々はいっせいに喋りだす。

「なになに。パオプの実ってなんのこと?」
「ふたりの故郷の話じゃないか?」
「なんか意味深だったね」

 クッキーを頬張りながらさえずる彼らに反し、フィリアは大層照れた様子で硬直してしまっていた。

「フィリア。パオプの実って──」
「し、知らない……伝説なんて、ぜんぜん知らないよ」

 ぷいと顔を背け、フィリアは星型のクッキーを避けるように別の形のクッキーをもそもそと食べはじめた。
 やれやれ。これはやっとゼアノートに脈ありか? エラクゥスは皿に残っていた星型のクッキーを手に取ってみる。
 俺だって星のクッキーを食べさせてもらったんだけどな。
 親友の恋慕を応援したい気持ちと、可愛い妹のような娘が離れてしまうようなちょっと寂しい気持ち──複雑な己の心境に苦笑しながら、エラクゥスはココア味のクッキーに噛みついた。








R3.2.11




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