山頂で膝を抱えてうずくまっていた。
 通算1462回目のテラへの愛の告白は、またしてもフラれる結果で終わった。片想い歴、早5年。全てを「俺にとってフィリアは妹みたいなものだから」と断られ続ければ、いい加減、そろそろ潮時であろう。
 ぐしゅぐしゅと溢れてくる涙を拭う。弟みたいなヴェントゥスに、こんな顔は見せられない。

「フィリアーーあぁ、また泣いていたの」
「アクアぁ、またダメだった……」
「そう。そんなに泣かないで。ほら、使って」

 テラにフられるたび、アクアはこうして隣に寄り添って、ハンカチを差し出してくれた。見た目も、心も、美しいアクア。もしかしたらテラはアクアが好きなんじゃないかと疑いやさぐれたときも、アクアは誠実に優しく私の恋愛相談に乗り、応援し続けてくれた。

「私、もう限界。テラのこと、諦める……」

 甘い香りがする淡い水色のハンカチに涙を押しつけながら決断した。
 テラの瞳は理想しか見ていない。キーブレードマスターになって世界と大切なものを守る使命だけ。恋愛などこれっぽっちも興味がなくて、私たちはどこまでいっても彼にとって大切な仲間留まりである。

「えっ、テラのこと、諦めるの……?」

 アクアの声音は、まるで腫れ物に触れるかのようであった。涙は止まらないが、無理やり笑う。

「これから先も、何度好きって言われたって、テラに気持ちは変わらないってハッキリ言われちゃったんだぁ……これ以上はテラに嫌われちゃう。仲間でもいられなくなっちゃうから……」

 納得するように並べる言葉に、胸をえぐられる。頭は理解しているのに、心は未だにそれでもテラが好きだと叫んでいた。

「ごめんね、アクア。ずっと応援してくれたのに」
「ううん、いいの。でも、テラったら。フィリアはこんなに可愛いのに……」
「あはは、ありがとう。慰めでも嬉しいや」
「慰めなんかじゃないわ」

 アクアは青い瞳を辛そうに細めて、抱きしめてくれた。さすさすと背を撫でてくれるのが心地よくて、気持ちは沈みっぱなしだけれど、それでも大分落ち着いてくる。

「アクアには、ずっと相談に乗ってもらっちゃったね。ありがとう。今度は私がアクアの恋愛相談に乗るからね」
「フィリアが、私の恋愛相談に?」

 その時のアクアの声に「あれ?」と思う。いつもの彼女の柔らかい雰囲気ではなくて、ヒヤッと背筋が凍るような心地がしたからだ。

「マァ、こんなに振られ続けた体験談、役に立たないかもしれないけれど。アクアのためなら何でも協力するし、絶対叶うようがんばるから!」

 アハハ、と空笑いするも、アクアの雰囲気は変わらなかった。
 え、あれ。怒らせてしまったかな。上から目線すぎた? でもアクアに抱きしめられたままなので、どんな顔をしているか分からない。

「あのぅ、アクア?」
「よかった。私、ちょうどフィリアに相談したかったことがあるの」
「エッ!? な、なんでも言って!」

 すると、私の肩を掴んだまま、アクアの身体が少し離れる。私はどこかホッとして、地面を見つめているアクアの言葉の続きを待った。
 知らなかったけれど、アクアにも好きな人いたんだぁ! あ、でもテラだったりする? ずっと私が好き好き言ってたから、言い出せなかったのかも。アッ、「私、実はずっとテラと付き合ってたの」とか言われたらどうしよう。そうなったら本当に無理。ヴェントゥスにしがみ付いて大泣きするかも。憶測が高速で脳内を巡る。
 俯いていたアクアがやっと私の目を見つめる。少し潤んでいる青が海面みたいに輝いている。
 唐突に軽く肩を引かれた。アクアの桃色の唇が、私のものにぷちゅっと触れた。
 は?

「私、ずっとフィリアが好きだったの」
「…………へぁ?」

 その時の気持ちをなんて表現すればいいのか。初めて異空の回廊の中に飛びこんで、隕石にぶつかってキーブレードから落ちた絶望に似ていた。

「アイタッ!?」

 夢にも思っていなかったことを言われて反応が遅れた。アクアに押し倒されて、星空をバックに彼女を見上げる。

「あなたがテラと結ばれたら、諦めようって思ってた。けれど、テラを諦めてくれるなら、私、もう諦められない」
「ちょぉ、ちょちょちょっと待って。私たち、女同士だよね!」
「それって、重要なことなの?」
「え、めちゃくちゃ重要じゃない?」
「身体じゃないもの。あなたの心が好きなのーー」

 ポカンと見上げる私に、アクアはうっとり微笑んだ。

「必死にテラに釣り合うためにって、がんばるあなたを見ているのが好きだった」
「実力的に、釣り合ってたのはアクアだったね」
「模擬戦で、あなたとキーブレードをぶつけ合うたび、一生懸命でなんて可愛いんだろうって思ってた」
「いつも、アクアにボコボコにされてたけど」
「あなたをテラに渡したくなかった」

 アクアの顔が寄ってくる。豊満な彼女の胸が、貧相な私の胸にふにゃんと乗った。私が男だったら歓喜していただろうが、今は貧富の差を思い知らされている。
 私の頬に手を添えたアクアは、蕩けた表情で囁いてくる。

「ね、私を選んで? 私なら、あなたをそんな風に泣かせたりしない……」

 私が男だったら天国に行く心地で頷いてたなぁ〜〜〜!

「あの、ごめんね。アクア。やっぱり私は女の子とは、んっ、んんんっ!?」

 断ろうとしたら、途端にムッと表情を変え、ちゅっ、ちゅっとカワイイ音を立てて、アクアが何度もキスをしてくる。
 アクアさん、あなたなんて大胆なの。ていうか引き剥がせないんだけど! しかしアクアを傷つけるわけには! ああもう、私のファーストキスゥゥ! 女の子同士ならノーカンでいけるか……!?
 いろんなことを考えながら、結局されるがままになっていると、アクアがふふっと笑う。

「私のためならなんでも協力するし、絶対叶えてくれるんでしょう?」
「ひぇ」

 ふと、アクアの手がスカートを這ったので、地面を転がって必死に逃げた。



 次の日。
 アクアのせいでテラにフられたショックがどこかへ行った。
 しかし、一晩経ったらあれは悪い夢だったんじゃないかと思うようになった。アクアに悪いけれど、完璧にキャパオーバーである。あー……ウン、なかったことにしよう。そうしよう。ひとりウンウン頷いて洗面所へと向かったところ、テラとアクアが並んでいた。同居だからこういう時に逃げ道がない。

「じゃあ、やっと告白したんだな」
「ええ。いい返事はもらえなかったけど、もうしばらくは諦めずにがんばろうと思うの。テラ、応援してくれる?」
「もちろんだ。ふたりは俺の推しだからな!」

 テラは私の大好きな爽やかな笑顔でアクアにそう笑いかけた。私は思わずその場に飛び込み、とりあえずテラに本気の飛び膝蹴りをしておいた。
 
 




R2.9.30




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