好きな子ができても、立場が敵対だったため、ろくに話すこともできず嫌われてしまったので、いいかげん強硬手段をとることにした。





1.無防備でいるところを拐います。

「今回も無事に解決してよかったね」
「ああ!」

 ソラと共に、冒険し終えた世界を後にするところだった。ドナルドとグーフィーが一足先にグミシップの出発準備を整えてくれている。
 俺たちも、早く行こう。走り出したソラの背を追いかけた、はずだった。
 ぐん、と手を後ろから引かれた。暗くなる視界。闇の回廊の中に引きずり込まれる瞬間、金色の瞳が嗤っているのが見えた。
 




2.人払いしてある忘却の城に放り込みます。

 ハッと顔を上げると、真っ白の部屋の中にいた。来た事のあるような、ないような。かつてノーバディたちが築き上げていた城によく似ている。
 起きる直前にあったことを思い出すと、ゾッとする。闇の回廊の中から見えたのは、若い頃のゼアノートだった。
 また闇側の企みに嵌められたんだ。
 身体がカタカタ震えだす。ソラたちと引き離された。世界を渡る術がない自分には、どうしようもできないし、戦闘での勝算もない。
 とにかく、出口を探して脱出しなければ。
 部屋に一枚だけある大きな扉を目指し、壁に手をつけながら立ち上がり、そろそろと歩き出す。開くだろうか。緊張しながら触れてみると思った以上に軽い力で扉は開いた。その先には、目が痛くなるほどに真っ白な廊下が続いている。





3.記憶が十分に消えるまで待ちます。

 延々と続く白い廊下。どこまでも、どこまでも。どこまでも……。

「床も壁も、天井まで真っ白で――おかしくなりそう」

 何時間も歩き続けている疲労感はあるものの、景色は変わらず。まったく出口が見つからない。
 気が狂いそうなほど、ずっとどこまでも白い世界。
 誰かに会いたい。話をしたい。この城に住んでいるいる人はいないのだろうか。そもそも、どうしてこの城にいるのだろう。共に旅をしていたはずの友だちは、どうしてここにいないのだろう。
 あれ、私は誰と旅をしていたのだっけ。

「え、どうして、思い出せないの……?」

 なぜか記憶が曖昧になってきている。早く脱出しないと。ふらつく足を叱りつけ、白い扉を開き続ける。





4.相手が何もわからないところへ、都合の良いことだけ吹き込みます。

 白い部屋の隅で、膝を抱えて座っていた。自分が誰なのか、どこから来たのか、どこへ行くべきなのかもわからない。ただ、身体は疲れきっていた。
 突然、部屋の中に黒い渦が生まれた。黒いフードの男が出てきて、正面に来ると見下ろしてくる。

「フィリア」

 何か言っている。

「フィリア」
「何のこと?」
「自分の名前が分からないのか?」
「それが私の名前なの?」

 そうなんだ。他人事のように思った。
 男がフードをとる。少し年上の、銀髪で褐色肌の青年だった。

「少し、長く置きすぎたか」

 顎を掴まれて、顔を持ち上げられた。彼のつめたい金色の瞳はどこかで見たことがあった気がしたが、何も思い出せない。

「俺が怖いか?」
「なぜ?」

 彼が問う理由がわからない。ぼうっと彼の瞳を見つめ続けていると、立ち上がるよう促される。ふらつくと、支えられた。たくましい腕。いいにおい。暖かくて、思わず頬を寄せた。

「あったかい……」

 振り払われることはなかった。無言で頭を撫でられる。受け入れられた感覚に、胸元がほわほわとする。この人の傍は安心できる。

「一緒に行こう」

 つれて行ってくれるみたい。よく分からないけれど、ここにいる理由もないし、優しくしてくれるこの人ならついて行っても大丈夫だろう。




5.大事に大事にしてあげて、相手が信用しきったとこらで更に自分へ依存させます。

 ゼアノートに指示されたとおり、にぎやかな街の屋根の上で大人しく待ち続けていた。広い通りを眺めていると、いろいろな人たちが行きかい、笑いあい、別れて出会って手を振っている。
 子どもたちが笑いながらどこかへ走ってゆく。彼らは友だち同士で、あとで共に食べるのだろう。全員が片手に青いアイスを持っていた。

「ゼアノート、まだかな……」

 ぽつりと呟いたとき、闇の回廊の中からゼアノートが出てきた。駆け寄って、袖を掴む。ゼアノートはにこりと微笑んだ。

「いい子にしてたか」
「うん。寂しかった」

 ぎゅっと抱き着けば、よしよしと撫でられるのが好きだ。

「いい子にしてたよ。ごほうび、ちょうだい」
「ああ。何がいい?」
「青くて、棒に刺さってるアイス。ゼアノートと一緒に食べたい」

 いいぞ、と許されてホッとする。

「買いに行こう」

 少しの移動にも闇の回廊を使う。初めは気分が悪くなり苦手に思ったが、ゼアノートにもらったコートを着れば平気だ。いつものようにゼアノートにひっついたまま、闇の中へ踏み込む。



6.都合の悪いことは隠し、誤魔化します。

 アイスを齧ると、想像していなかったしょっぱさに驚いた。その後に甘い味が広がる。

「おいしい」

 時計塔にやってきて、買い与えられたアイスをシャクシャク食べる。ゼアノートはアイスを食べず、じっとこちらを見つめている。アイスは一本しか買わなかった。

「一緒に食べたかったのに……」
「おまえが食べてるのを見てるだけでいい」

 ゼアノートが目を細める。けれど、じっと見られてる方としては食べにくい。はい、とアイスをゼアノートに差し出した。

「ひとくちあげる」

 夕焼けに輝くアイス。しずくが垂れそうだ。
 ゼアノートは驚いた表情をしたあと、ほんの少しだけ迷って、それでもアイスをひとくちたべた。もぐもぐ咀嚼してる間もすまし顔。しょっぱくて甘いアイスにもっと驚いてくれると思っていたのに。
 ゼアノートの肩に頭をあずけながら、アイスの残りを食べる。

「夕日、きれい」

 なんだか懐かしい気持ち。何も思い出せないけれど。

「あーーーっ!」

 突然の、背後から男の子の叫び声にビクッと跳ねる。振り向くと、茶色い髪をぴょんぴょんと跳ねさせた、青い瞳の男の子がこちらを見てあんぐり口をあけていた。

「フィリア! 探したんだぞ!」

 名前を呼ばれた。今まで自分たちに関わってこようとした人などいなかったから、ぎょっとしてゼアノートの後ろに隠れた。

「おまえ、フィリアに何をしたんだ!」

 男の子の手元が光ってゼアノートが持っているような剣になる。なぜ武器を向けられなければならないのか理解できず、怖くてゼアノートにしがみついた。

「さぁ?」

 彼はぎりりと歯を食いしばって、きつくこちらを睨みつけている。
 背後に闇の回廊が作られた。ゼアノートが入れと指示してくる。慌ててコートのフードをかぶり、その中へ走った。

「待って!」

 呼び止められるとは思っていなかったので、思わず足を止めて振り向いた。男の子はこちらに手を伸ばしてショックを受けた顔をしている。

「どうして――」

 そのときゼアノートが闇の回廊の中に入り、閉じてしまったので、彼の言葉がふっつりきれた。
 なんだか気持がざわめいて、いつまでも回廊の消えた跡を見つめていると、ゼアノートが手を掴んできて足早に進みだす。

「あの人はなに? だれなの?」

 普段はどんな発言にも反応するゼアノートからの返答がない。

「ゼアノートの知り合いじゃ――」
「フィリア」

 突然ゼアノートが振り返り、キスしてくる。驚いたものの、目を閉じて受け入れた。そっと唇を離したあと、余韻で頭がふわふわする。

「ゼアノート……」
「先を急ぐぞ」

 そうして、また歩き始める。
 あの男の子は、ゼアノートにとって、何か都合が悪いのだろうか。こんなごまかすような態度に不安にならないほうが無理だ。しかし、ゼアノートはあの城から助け出してくれただけでなく、優しくしてくれるし、ハートレスからも守ってくれる。何もかもが分からないこの世界で、頼れるのは――こんな自分を愛していると言ってくれるのは、この人しかいないし、この人を失ったらどうして良いのかわからない。捨てられたくない。
 気になるけれど、さっきの人のこと、もう訊くのはやめよう。
 先程の悲しそうな顔を思い出し、なぜか罪悪感をおぼえながら、ゼアノートと繋いでいる手の力をそっと強めた。





R2.3.15




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