気持ちのよい風が吹き、崖沿いの道には小さな花が咲いていた。

「テラ、この世界にいるのかな?」

 テラを追いかけ、故郷を飛び出してから早七日。
 三つ四つと世界を巡り、そろそろテラに会えるんじゃないかという期待を胸に、今日、また新たな世界に辿り行いた。

「いい天気〜。ここはどんな世界だろう?」

 綺麗に晴れ渡る空を見て、自然と気持ちも明るくなる。今日は、いいことがあるかもしれない。

「!」

 そんな感じで、一人のんびりと歩いていたのだが、その気配を感じた瞬間、左側へ側転していた。
 一瞬の間を置いて、先ほどまで私が立っていた場所を真空刃が地面ごと切り裂いてゆく。

「まさか……、」

「よく避けたな」

「――出たぁ!!」

 私の背後から現れたのは、仮面をつけた男の子、ヴァニタス。
 とある世界で出会ってから、なぜか毎日、私と戦うためにやってくる。

「人を幽霊みたいに言うな」

「オバケの方が、まだマシだよっ」

 私は、ヴァニタスが非常に苦手だ。襲ってくることはもちろん……この少年は、私が今まで出会った誰よりも強いのだ。
 いつものように、ヴァニタスがあのキーブレードを向けてくる。

「もしかして、今日も戦うの?」

「当然だ。昨日より、楽しませろよ?」

「うぅ……っ」

 戦いたくないけれど、戦わなければ消されてしまう。
 納得できない気持ちのまま、私もキーブレードを握りしめる。










 私たちの戦いは、一度も決着がついたことがない。

「このっ!」

 走りながら特大のファイガを撃ってみるが、あっけなく真っ二つにされ爆発する。

「相変わらず、魔法に頼った戦い方だな」

「今の、自信あったのに……」

 別に剣術が苦手というわけではないけれど、ヴァニタスが相手じゃ勝ち目は薄い。魔法で目くらましをし、スキを見て逃げ出すというのが、いつも私の戦法だった。

「今日こそは逃がさない。キーブレードを使って戦え」

「それなら、どうして私と戦おうとするのか教えてよ!」

「……」

「いつもそこで黙る、ひゃ!」

 無言で放たれた、黒い雷をあわてて避ける。
 やはり強い。時間が過ぎる程不利になるから、今日もさっさと逃げてしまおう。

「――雷よ!」

 昨日、不意打ちに成功したサンダガショット。当たればビリビリ感電する、雷の速度で飛ぶ魔法。これを避けるのは、いくらヴァニタスだってまだ無理なはず――

「嘘……っ!?」

 しかし、私の渾身のサンダガショットはサラリと避けられ、ヴァニタスをかすりもせずに消滅した。

「何度も同じ手が通じると思ったのか?」

 まさか、もうあれを見切るなんて。切り札が失敗した絶望感で唖然としている私に、ヴァニタスはそう言って向かってきた。
 近接戦闘では敵わない。とにかく距離をとろうと思い、慌てて後ろに下がろうとしたその時――ガラッという音と共に足元の感触がなくなった。

「え……?」

 ふわりとした浮遊感と、ぞわりとした嫌な予感。
 こちらに走ってきていたヴァニタスが、地面にキーブレードを投げ捨てた。

「フィリア! 手を伸ばせ!」

 ヴァニタスの焦った声を聞きながら、私は体が後ろに引かれているかのように、倒れていくのを止められない。
――そういえば、ここは崖道。いつの間にか、私は崖側まで追い詰められていたようだ。
 まるで他人事のように理解しながら、私の体は下へ下へと落ちていった。










「くっ」

 苦しみを堪えるような声と共に、右腕に吊られるような痛みが走る。
 思わず閉じていた目をうっすら開くと、私の体の落下は止まり、遥か下には深い森が見広がっていた。その高さに背筋が凍る。

「ひっ――」

「下を見るな」

 恐怖で叫び声を上げそうになると、叱り声が降ってきた。
 見上げると、地面に横になり崖から身を乗り出すような格好で、ヴァニタスが私の右手首を掴んでいる。

「ヴァニタス……?」

「今、引き上げる。じっとしていろ」

「う、うん」

 戸惑いと混乱のままに頷くと、ヴァニタスはゆっくりと私を引き上げていく。










 無事地面の上に戻った私は、力が抜けてそのままその場に座り込んだ。ヴァニタスも、片膝を立てて疲れたように座っている。あの仮面がとても暑そうだが、取らないようだ。

「ねぇ、どうして助けてくれたの?」

「……なぜ、訊くんだ?」

 ヴァニタスが、気だるそうにこちらを向いた。

「だって、いつも私を消そうとしていたじゃない」

「消す? 何を言っている」

 そのヴァニタスの声は本当に不思議そうで、私は首を傾げそうになってしまう。

「ヴァニタスは、いつも私と戦おうとしてくるでしょ」

「ああ」

「戦うことは、相手を消すためにすることだもの。私のこと、消したかったんじゃなかったの?」

「確かにな。だけど、違う」

 肯定と否定を一緒にされて、ますます混訳がわからない。もしかして、からかわれてる?

「どういう意味?」

「……それは、本気で言っているのか?」

 質問すると、呆れているのがありありとわかる声で訊き返された。「それはこっちの台詞だ」と言い返したい気持ちを抑えて頷くと、ヴァニタスがはー、と大きな息を吐く。

「ここまで鈍い奴だとは」

「むっ」

「でーとだろ」

「………………はい?」

 今、彼との死闘をデートだと言われたように聞こえたが……。私の耳、おかしくなった?

「ごめん、もう一度言ってくれない?」

「だから、これはでーとだ。お前を消すためのものじゃない」

 不機嫌そうなヴァニタスの声で、またその単語がハッキリ聞きとれた。

「な、あ、ど、どこら辺がっ!?」

「認めた相手を知り、相手に自分を知らしめるために一緒に過ごす時間を『でーと』と呼ぶ、とマスターが言っていた。互いを知ることに、戦闘以上のそれはない」

 ヴァニタスが納得するように、うんうんと頷きながらそう言った。

 認めた? 知るため? それで戦闘!?

 そのマスターさんの言葉は間違ってはいないと思うけれど、彼の解釈がズレすぎていて眩暈がする。
 どこから訂正すればいいものかわからずに、思わず両手で頭を抱えると、ヴァニタスがふと顔を上げて立ち上がった。

「用ができた。今日のでーとはここまでだな」

「あっ! ヴァニタス、ちょっと待って!」

 闇の回廊を作り出し、その中に入りかけたヴァニタスを、私は慌てて呼び止めた。
 ここで彼の認識を正すことができれば、もういきなり襲われることはなくなるかも、と思ったからだ。

「なんだ?」

「えっと、その、」

 しかし、いざ人にデートを教えるだなんてひどく恥かしい上に、ヴァニタスを一言で納得させられるような言葉が浮かんでこない。
 迷っているうちに、だんだんと顔は熱くなってくるし、視線も、ヴァニタスをまっすぐに見ることができなくなる。

「あ、あのね」

「……」

「……」

「何もないなら、もう行くぞ」

「だめ、待って!――次は、私がデートを決めるから!」

「お前が?」

「う、うん。だから、今度会うときは戦闘なし!」

「戦闘なし、だと?」

 ものすごく胡散臭い、という感じで訊き返された。しかし、未来の自分の安全のために、ここで諦めるわけにはいかない。――いきなり斬りつけられるのは、もう嫌だ!

「そう。たまにはいいでしょ? ね、待ってるから」

「……フン。まぁいいだろう」

 ヴァニタスはそう言うと、闇の回廊の中に消えていった。

「はぁ、」

 闇の気配が完全に消え去って、崖から引き上げてもらったときより脱力する。
 何とか襲われないように約束を取り付けたのはいいものの、また会うことになってしまった。しかも、デート。

「……どうしよう」

 私がデートについて知っているのは、手を繋いだり、一緒に買い物をするとかだけ……。果たして、ヴァニタスの誤解を解くことができるだろうか?

「失敗したら、また戦闘になるのかな?」

 自信ないや、と思いながら腫れてしまった手首を見た。まだ、ヴァニタスの指の痕がくっきりと残っている。

「癒しを、……」

 手首にケアルをかけようとして、やめた。痛むけれど、これを消してしまうのはもったいないと感じたから。

「今度会うとき、か」

 そういえば、私がヴァニタスについて知っていることは名前だけで、彼の顔すら見たことがない。ちょっと変わった子だけれど、今までのことは私を嫌ってのことではなかったようだし、むしろ……

「あっ! 助けてくれたお礼、言ってなかった」

 次に会った時、ちゃんと言わなきゃ。
 そう思いながら顔を上げると、青空が先程よりも美しく澄み渡っているように感じられた。

「……少しだけ、楽しみかも」

 その私の呟きは、爽やかな風に乗って空の方へ飛んでいった。





2010.10.17




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