今日のデイブレイクタインもよい天気に恵まれて、フィリアは鼻歌まじりにハイポーションの瓶を並べていた。
 キーブレード使いの都と称されるこの街の中で、フィリアは雑貨屋を営んでいた。この店の客の大部分はキーブレード使いたちであるから、毎日様々な情報を耳にし、退屈している暇がない。
 カランコロン。店をオープンするなり毎日顔をのぞかせる男が今日も変わらずやってきた。商品の陳列を確認していたフィリアは、彼を見るなりほわっと胸が暖かくなる。

「いらっしゃい、ラーリアム」
「おはよう。フィリア」

 桃色の長い髪に青い瞳。上品な雰囲気で、人の目を惹く容姿のラーリアムが、いつものように赤いバラの花を一本、フィリアに渡してくる。いつか、フィリアが話のはずみで赤いバラが一番好きだと発言してから、たまに持ってきてくれるようになった。

「いつもありがとう。きれいね。それにいい香り。店が華やかになるわ」

 フィリアが花瓶を取りにカウンターに引っ込むと、ラーリアムは新商品の棚の横で足を止める。今日、新発売を飾るのは、値は少々張るが高性能のエクスポーションだ。
 ラーリアムはふむ、とそれを横目で見た後、ついとフィリアの方へ向き直った。

「それで、情報のほうは?」
「ごめんなさい、いろんな人に聞いてはいるのだけど、役にたつ情報は、まだ何も」

 バラを花瓶に挿しながら、フィリアは申し訳ないと眉を下げる。ラーリアムの妹のストレリチアが失踪してから数日が経過した。フィリアは来る客全員に訊ねているが、最近、街がとにかく嫌な雰囲気で、全く有力な情報が集まらない。
 ラーリアムがいいや、と首を振る。

「いいんだ。また何か分かったら連絡をくれ」
「それは、もちろん」

 そうしてラーリアムが早足で出ていこうとするものだから、フィリアは慌ててノブに手をかける彼へ新商品を渡すため駆け寄った。

「ラーリアム。ストレリチアが早く無事に見つかることを祈ってる」
「ありがとう」

 ラーリアムがにっこり微笑んだので、フィリアはその美しい笑顔にしばし見とれた。両手を彼の手に包まれるかたちでそっと握られ、次は思わず赤面する。

「知っているだろうが、最近は特に治安が悪化しているから、キミも気をつけて。ボクが傍にいてあげたいけど、なかなかできないから」
「わかってる。大丈夫よ。あなたの方こそ気をつけて」
「ああ」

 ラーリアムからキスされて、フィリアは今度こそぽやーっと気がぬけた顔になった。ラーリアムはそんなフィリアの反応にくすっと笑むと「じゃあ、また明日」と早足で出て行く。








 それから幾ばくかの時が過ぎたある日、突然、ぱったりフィリアの店へラーリアムが来なくなって1か月の時が流れた。カウンターの花瓶は何の花も生けられていないため、気を利かせた客が花を持ってくる時があったが、赤いバラの花以外でこの花瓶を使う気がおきず、そのままだった。
 強い風と激しい雨の日の夕方。さすがに今日はもう客は来ないだろうと、フィリアが早めの店じまいを始めていたときだった。バンッ!と大きな音をたてて店に男が転がり込んできた。

「悪いけど、今日はもう店じまいするところなの」
「そう言わず、あと十分だけ頼むよ」

 服も髪も瞳まで黒い、カラスみたいな男だった。いままで見た事のない客だ。男は水が滴る赤羽根のついた帽子をとり、濡れた黒髪をかきあげた。ラーリアムほど華やかではないが、整った顔がフィリアに愛想笑いを向けてくる。

「キミがフィリアか。なるほど。いい店だね」

 次は店をぐるりと見まわし、適当に褒めてくる男へ胡散臭い視線をなげつつ、フィリアは仕方なしに営業を延長してやることにした。今日の新商品はエリクサー。体力・魔力共に完全に回復する夢の最高性能を誇るため、値段も他の商品と比べ桁が違う。

「ソレ高いでしょ。これでも勉強してるほうなんだけど、良い薬は仕入れ値もばかにならなくて」
「確かに。けど、こんな薬が一本手元にあったら安心だな」

 世間話をしながら、男はコツコツ店を歩き回る。長年接客していると、客の購買意欲がだいたい読める。この黒い男は買う気がないものと判断し、フィリアは早々にカウンターまわりの片付けを始めていた。

「お客さん。まだいていいけど、雨が弱まったら帰ってよね」
「ああ、悪い。つい珍しくて」

 そうして、男が懐をゴソゴソさせながらカウンターに寄ってくるものだから、フィリアはちょっと身構えた。

「キミに渡したいものがあるんだ」

 はい、と赤いバラが一本、フィリアの眼前に突き出される。他の常連客ならいざしらず、なぜ初対面の彼がバラのことを知っているのか。フィリアは混乱のまま、おずおず花を受け取った。
 男は最初の愛想笑いはどこへやら、フィリアの目を見ず、気まずそうに言った。

「彼から頼まれたんだ。それと伝言も。『もうバラを渡しに行けなくなった。すまない』と」
「どういうこと……?」
「悪いが詳しいことは言えない。ただ、彼は二度とここへ来ない。いや、来られない」


 彼は最後までキミのことを気にしていた。男の言葉が終わる前に、フィリアはぼろぼろ泣きだしていた。
 きっと忙しいだけで、またバラを持って会いに来てくれると信じていた。
 キーブレード使いなら、たまにあることだった。「さようなら」すら言えない別れ。ラーリアムはきっと闘いの中で戦死したのだ。
 フィリアは指で何度も涙をぬぐいながら、じっと見つめてくる男を見上げた。黒い瞳には悲しみや憐みが浮かんでいて、彼もまた辛そうだった。

「ラーリアムのことだから、きっと勇敢な最期だったんでしょうね」
「え? あ、ああ。立派だったよ」
「できる範囲でいいから、もっと教えて。彼のこと」

 男は頷き、握手を求め手を差し出してくる。

「ブレインだ」

 この日を境に、今度はブレインが花を持ってくるようになった。





 フィリアがブレインと出会って、数年が経った。
 ラーリアムと違って、ブレインは毎日会いに来ない。最初は来ようとしたらしいが、研究に没頭していたり、考え事していたりしているらしく、せいぜい一週間に数回程度。思い出したら持ってくる花もバラじゃなくて、カーネーションだったりマーガレットだったり道端で摘んだタンポポだったりばらばらだった。
 今日も久しぶりにフィリアの店に顔を見せたブレインは、徹夜明けなのか、眠たそうに大あくびしながら言った。

「おはよう、フィリア。今日も盛況だね」
「おはようブレイン。もうすぐ昼食だけど、食べていく?」
「ありがとう」

 フィリアは他の客への対応しながらも、店の端に置かれた彼専用の椅子に座るブレインへ飲み物を提供してやる。フィリアにとってはノラ猫に懐かれたみたいな感覚で、もうすっかり慣れたものだ。
 昼時になれば客足が落ちる。フィリアは途切れた合間を見計らって、一度店を閉め、昼食づくりにとりかかった。

「今日は何が食べたい?」
「何をリクエストしても構わない?」
「材料があればね」

 それじゃあ遠慮なく、とリクエストされた料理を作り始めたときだ。読みかけの本を広げながら、ブレインが言った。

「それを食べ終わったら、伝えたいことがあるんだ」  
「なぁに? 改まって。珍しい」

 ページをめくりだしたブレインより、ジュワーっと音を立てるフライパンの方が重要で、フィリアは特に気にしていなかった。
 そうして料理ができて、一緒に食べて、食器を片付けようとしたときだ。ブレインが咳払いして、本を懐にしまい背筋を伸ばした。

「キミにしかできないことを頼みたいんだけど」
「何かしら?」

 フィリアがにこにこブレインを見つめると、彼にしては珍しく、とても照れているようだった。

「俺は、キーブレード使いの血脈を途絶えさせたくないんだ」
「はぁ」

 フィリアが生返事したので、ブレインはキッと表情を引き締めてフィリアの両手を掴んでくる。

「つまり、そういうこと。分かったよな?」
「え? いえ、分からない。私に頼みたいことと、血脈のことがどう関係するの?」

 ガクッとブレインの頭が項垂れる。

「つまり、俺の子を産んでほしいって意味なんだけど」
「え?」
「え、ダメなのか?」

 いままで表情を大げさに変えることのないブレインが赤くなったり青くなったりするものだから、フィリアは内心おかしくなった。

「ダメも何も。私たち、キスすらしたことないわよね」
「それは、まぁ……」
「そもそもあなた、私のこと好きなの?」
「あれ、知らなかった?」
「ちっとも。フラッと来ては、ごはんを食べて帰るノラ猫って感じ」
「ノラ猫って……これでも忙しいんだ。好きでもない子のところへなんて行かないさ」
「なら、いいわ」
「なんなら、これからはもっと会いに来るようにするから――って、いいのか?」
「まず、恋人からね」

 いつも賢そうにふるまうブレインが、驚愕のあまりぽかんとした顔で立ち上がったので、フィリアは微笑んだあとに目を伏せた。

「分かってる。私がラーリアムのことで泣かなくなるまで、待っていてくれたんでしょ」
「ああ……まぁ、彼のことは、俺も無関係ではないから」
「大丈夫。彼がいなくなってしまってからもうずいぶん時が経ったし、その間も、独りじゃなかったから」

 そろそろ、午後の客のために店を開かなくちゃいけない時刻だ。
 ふいに、時計を見上げたフィリアの顔がくいと引かれた。ブレインの長いまつげがアップで見え、すぐに離れる。フィリアが思わず感触の残った唇を押さえると、ブレインはいつもの帽子を深くかぶって表情を隠してしまった。

「次の定休日に、ふたりでどこかへ行こう」
「でも、あなた忙しいでしょ」
「時間はつくるよ。キミのためなら」

 じゃあ、今日はこれで。いそいそと帰りだすブレインを見送るため、フィリアも店の入り口まで行く。カランコロンと扉を開くブレインへ手を伸ばし、上着の裾をちょいと引っ張った。

「次にプロポーズしてくれるときは、ちゃんとお花持ってきて」
「ん……確か、バラだったな」
「バラじゃなくていい。あなたが好きなお花を店に飾りたいの」

 じゃあね、とフィリアが上着から手を離したところで、もう一度ブレインが顔を寄せてくる。すでに午後からの客が入りたそうに待っていたが、ふたりはしばらくそのまま口づけを続けていた。





2019.9.13




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