幼い妹がいないと、ソラがリクの家に血相を変えて飛び込んできたのは夕飯が終わった時刻だった。
セルフィより年下で、ソラのようによく昼寝をする。おてんばで、チャンバラが大好き。感情がころころ素直に顔にでて、一年間不在だったソラとリクに再会したとき、実の兄のソラではなくてリクにひっつき大泣きしていた。
「夕飯の時にはいたんだけど」
「わかった。ソラは家の周辺を。俺は遠くを捜す」
フィリアが急に夜中にいなくなることなど、今までなかった。ソラと同じ家にいるのに、だれかに攫われたとは考えにくい。フィリア自身の意志で家を出た場合、そう遠くまでは行っていないだろう。友達の家、学校、遊び場……。
この世界にはハートレスは現れない。だが、海で溺れたり、変質者に傷つけられる危険は普通の世界と変わらない。
「島か」
船着き場を覗くと、いつもフィリアが使ってる一隻が足りなかった。夜の海は危険だ。子どもならなおさら。リクはため息を吐きながら自分の小舟を取り出して、星空の下を漕ぎだした。一年前と比べて背も伸び、筋力も増えた。今夜は少し波が高いが、風は穏やか。あっという間にたどり着いて、島にフィリアの舟が繋がれているのを確認する。とりあえず、夜の海で溺れてはいなそうで、ほっと胸をなでおろした。
「何をやっているんだ、あいつは」
満潮のため、昼より砂浜は狭い。舟からとぼとぼ続く足跡を見わけて辿る。目をこらし、やっとパオプの木の上に影を見つけた。能天気に星空を見上げ、足をぶらぶら動かしている。
「コラ」
殴る前に、リクの腰程度しかない身長の少女に対するゲンコツの力加減に悩み、結局握った拳でコツンとやった。フィリアは痛みよりも突然現れたリクの存在に驚いたようで「うぎゃ!」と動物のような声をあげて木からぽろっと落ちかける。
「こんな夜中に何をやっているんだ」
リクが崩れたバランスを支えてやると、ソラと同じ色のまあるい瞳がぱちくりぱちくり。「リク!」と満面の笑みを向けられた。「来てくれたんだ!」と喜ばれれば、叱りつける気持ちが萎える。
「帰るぞ。みんな心配してる」
早くソラたちを安心させたい一心で軽めに言うも、「やだ!」とじたばた暴れられた。リクが困りきってため息を吐けば、フィリアはうーと不満げに唸る。
腰を据えて話す必要性を感じ、リクはフィリアの横に腰かけた。
「どうしてこんな時間にここへ来たんだ?」
「絶対に、馬鹿にしたり、怒ったりしない?」
フィリアがじっと様子をうかがってくる。肯定しなければ進まないため仕方なしに頷くと、フィリアはちょっと姿勢を直した。
「ソラとカイリみたいなことしてみたかったの」
「どういう意味だ?」
「……ロマンチックなこと、したかったの。秘密の場所の落書きみたいなこと」
毎日木剣を振り回しているフィリアが、まさか恋愛に憧れていようとは全く思っていなかったため、リクはくらっとめまいがして、言葉に迷った。そんなリクの反応にフィリアが口をとがらせる。
「子どものくせに生意気って言いたい?」
「いや――それと夜に出歩くことがどう関係するんだ?」
「だって、ほら見て」
フィリアが満天の星空を指す。
夜道の照明が控えめな故郷は、防犯面では少し頼りないものの、代わりに星の輝きが届きやすい。
「こんなキレイな星空を、好きな人と一緒に見られたら、とってもロマンチックじゃない?」
ついこの前までランドセルを背負っていた子どものくせに。そう思う気持ちも確かにあった。けれど、リクは「そうかもしれないな」と同意した。
「それじゃあ、今夜の相手が俺で悪かったな」
もしかしたら、リクが先に見つけてしまっただけで、他に迎えにきてくれる相手がいたのかもしれない。フィリアはその可能性へ首を振って否定した。
「私のためにここまで来てくれるのはソラかリクって思ってたから。それかパパ。……一番は、リクに来て欲しいって思ってた」
「こんなことしなくても、お前のためなら、どこへだって迎えに行くさ」
「リク……!」
「おまえは俺たちの大切な妹だからな」
星空のようにキラキラさせていたフィリアの瞳がすっと冷める瞬間を、リクは全く見ていなかった。よしよしフィリアの頭を撫でてやりながら、夜風が冷たくなってきたことの方が気になっていた。
「だから、もうおばさんたちにこんな心配はかけるなよ」
ぺちんと手を振り落とされて、ぐっと襟元が引っ張られた。まさかの不意打ちに、リクはされるがままになる。
「私、リクが思ってるほど、子どもじゃないよ」
リクの唇すぐ横の頬にフィリアの唇が押し当てられる。ポカンと目を見開くリクへ、フィリアはソラのようにニコッと笑った。
「これからは、リクが寂しいって思えなくなるくらい、ずっとそばにいてあげる!」
そんな口説き方、どこで覚えた。
ぴょこんと腕に絡みついてきたフィリアに、リクは「帰るぞ」とデコピンした。
「どうして俺たちがいなかったのか、しつこかったから、つい教えちゃったんだ」
リクがフィリアを家に送り届けた後、ソラがごめん、と頭をかいた。
「もちろん、他の世界のことは内緒だけど。寂しがりやのリクが、悪いやつにそそのかされて家出したからって言ったら、気にしたみたいで――いてっ」
ゴチッとソラにゲンコツする。過去の恥をバラされるのは本当に勘弁してほしい。
「だからあいつ、あんなこと言ったのか」
あんな年下にまで同情されるとは。気持ちのまま肩を落とすリクの顔を、ソラがじっと覗きこんでくる。あーあ、と呆れたため息までついてくるので、リクはちょっとムッとした。
「リクって本当ににぶいよなー」
「ソラに言われたくない」
「絶対、リクの方がにぶいって」
ニカッと笑うソラの顔は、やはりフィリアとよく似ていた。
2019.9.10
\やるやるやる〜/
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