「待ちくたびれたぞ」
「…………え?」

 そこにいたのは、黒い髪を跳ねさせた少年だった。顔はフィリアの横にいるソラと兄弟のように酷似していて、身長はヴェントゥスと同じくらい。いままで出てきた彼らとは似つかない雰囲気の男を前にヴェントゥスが緊張している間、ソラがヴァニタスだー! とはしゃぐ声が聞こえてきた。

「なんだその顔は。もっと喜べよ。ヴェントゥス」

 ソラたちを懐っこい小動物と表すならば野生の肉食獣のような男は、呆然としているヴェントゥスを見て、ニヤッと口端を吊り上げた。ヴェントゥスは水をかけられたように正気に戻る。

「あ、いや、ソラたちみたいな子が出てくると思ったから……」
「フン。あいつらはひとつしか能力を持たない。俺がアタリだ」
「へぇ、そうなのか――うわっ!?」

 ヴァニタスがいきなり胸倉を掴み上げてきたと思ったら、ヴェントゥスの体からチャリンと音がした。ヴェントゥスの得点ゲージからきっちり130BPが減っている。

「いきなり、何するんだよ!」
「今からおまえのものは俺のものだ。安心しろ。ちゃんとパネルキャプチャーはしてやるよ――割高でな」
「なんだって……!?」

 ヴェントゥスは顔を青くした。この男、キャプテン・ダークのポジションだ。

「こうなったら……!」

 少々良心は痛むものの、誰かとすれ違ってヴァニタスを交換してもらうしかない。しかし、今ヴェントゥスからいちばん近い位置にいるのはよりによってフィリアで、彼女の得点は他の3人と比べかなり出遅れている。これ以上追い詰めるのは酷だろう。
 しかし、そんなヴェントゥスの気遣いはすぐに粉砕されることになる。フィリアのサイコロを操作しようとしたソラがよりによってこのタイミングでコテンと転び、ちょうどヴェントゥスとすれ違う数になってしまったのだ。

「えーっ、俺、ちっちゃいお姉ちゃんのほうがいい! ちっちゃいお兄ちゃんはサイコロ運がいいんだもん!」
「だめだ。ソラ。ルールだけはちゃんと守れ」

 ヴァニタスが年長らしくフィリアの足にひっついて渋るソラを短く叱る。ソラは可哀相にしゅんと俯いて、それでも健気に頷いた。

「わかった……ちっちゃいお姉ちゃん、またね!」
「うん。今までありがとう。ソラ」

 まるで今生の別れのように手を振る二人。ヴェントゥスの良心がチクチク痛む。
 フィリアはソラの代わりにヴァニタスを連れて残りのサイコロの分を進んだ。

「フィリア、だいじょうぶかな……」

 ヴァニタスがフィリアへ暴力をふるったらと思うと心配だが、プレイヤーはマスから動けないので助けられない。今更ながら、フィリアに渡すくらいなら自分がヴァニタスを持っていたほうが良かったかもしれないと後悔しつつ、ヴェントゥスは二人を見守った。
 フィリアがテクテクとマスを進んで、フヨフヨ宙に浮かんだヴァニタスが着いてゆく。立ち止まった先はリクがキャプチャーしたテラの高額マスで、フィリアはがっつり通行料をむしられていた。
 ヴァニタスがフィリアの哀れなBPの残額を見てへぇ、と呟く。

「おまえ、トコトン運がないやつだな」

 クスクス嗤うヴァニタスの微笑みは妖艶で、まるで悪魔のよう。さながら生贄の子羊であるフィリアは半泣き顔で手を胸の前で祈るように組んでいた。もはや100BPすら残っていないため、奪われたら赤字になってしまう。

「やっぱり、私からもBP取っちゃうんだよね……?」

 すると、ヴェントゥスにはあれだけ非情を見せたヴァニタスはふむ……と思案するそぶりをし、フィリアの耳に顔を寄せ何事かを囁いた。フィリアはパチクリ目を瞬かせたあと、戸惑いながらもおずおず頷き、ヴァニタスがますます笑みを深くする。──なにごとかの密約が交わされたと察するには十分だった。ヴェントゥスは不安のあまりとっさにアクアとテラを見るが、対戦中にできることなど皆同じ。ふたりも心配顔でフィリアのほうを見つめるだけだった。

「決まりだな」

 ヴァニタスの言葉と同時にチャリン! とBPの音がする。ヴェントゥスは申し訳ない気持ちでプレイヤー全員のBPポイントが掲載されているボードを見上げて仰天した。フィリアのBPは赤字になっておらず、むしろ増えていたのだ。
 いったいなぜ──疑問に感じたヴェントゥスはフィリアの小さな悲鳴を聞いて目をむいた。ヴァニタスがフィリアを後ろから抱きしめていた。

「おっ、おまえ! フィリアに何してるんだよ!?」

 羨ましい! とまではうっかり口に出さず、ヴェントゥスが指をさしてヴァニタスを詰問すると、ヴァニタスはヴェントゥスからBPを奪い取ったあのニヤニヤ笑顔で、更にぎゅうとフィリアを抱きしめた。

「おまえには関係ないだろ?」
「ある! そんなにくっつく必要ないだろ!」
「これは俺の正統な権利さ。他でもないこいつ自身が承諾したことだ」

 確かにフィリアは恥ずかしそうにしているものの、抵抗をしていない。フィリアは言った。

「あのね、ヴァニタスの望みどおりにさせるなら私を助けてくれるって言うから、いいよって言っちゃったの……」
「だっ、だめだよ。そういうことに、簡単に頷いちゃ!」

 たかが身内のお遊びゲームで、よく知らない男相手に貞操を危機に晒さないでほしい。ヴェントゥスが苦悩している間に、ヴァニタスはフィリアの髪に頬ずりしてヴェントゥスを挑発してくる。

「やめてほしかったら、俺を取り戻してみるんだなァ? ヴェントゥス」
「クッ……」

 彼を取り戻したら、またBPを搾取される。しかしフィリアへこれ以上の無体を許せない。ヴェントゥスは歯をギリギリ噛みしめ悔しがった。
 一方で、ヴェントゥス以上に静かに怒りに燃えている男がいた。テラである。アクアもしばらくはヴァニタスの横暴さに彼と同じ表情をしていたが、テラたちの怒りを見た途端冷静さを取り戻していた。
 年長ふたりはこの件をヴェントゥスだけに任せておけない──たとえ自分たちが負けてでもヴァニタスは対処しなければ決意していたが、広大なボードの中、マスはかなり離れている。しばらくこの状態を続けなければならなかった。




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