【転】



 上も下も横すらも真っ白な廊下をひとり、とぼとぼ歩く。
 サイクスに拒絶された事実をまだ胸のなかで整理できず、意識がどこか遠くにあるような、もやがかかったような気持ちで進んでいた。

「おまえに俺の何がわかる」

 言われた言葉がこだまのように頭の中を反響する。
 私がサイクスについて知っていることなど、アクセルに比べたらきっと微々たるものなのだろう。化粧にコーヒー、報告書のことばかりに集中していたから、肝心の彼とはロビーと、あの時の一度だけ、キッチンでしか会ったことがなかった。それ以外の時、彼がどこでなにをしているのか、まだ知らない。そこにサイクスを知るヒントがあるのだろうか。けれどその時間帯、私には任務がある。任務を放棄すれば、サイクスに迷惑をかけてしまう。

「あたっ」

 どうしようか考えあぐねながら歩いていると、突然、漆黒の壁に額をぶつけた。見上げるとゼムナスの顔が――彼の胸筋に激突してしまったらしい。

「あ、ゼムナスさま」

 ごめんなさいと謝ると、無言で見下ろしてくる、サイクスと同じ色。機関でダントツに、普段何をしてるのかわからない人だ――偏見だけど、暇そうに見える。

「ゼムナスさま。ゼムナスさまってボスだから、機関の中で一番、強いんですよね?」
「何が言いたい?」

 思いつきで訊ねてみると、憮然とした顔をされた。むすっとした表情が多いのもサイクスと同じ。

「お願いします。私を鍛えてくれませんか?」
「力を手に入れたいのか」
「任務を早く終わらせるために、とっても強くなりたいんです!」

 ダメでもともとのつもりだった。もし断られたらザルディンに頼もう。ものすごく厳しそうだけど。

「よかろう」
「ほんとうっ!?――ですか?」
「君には素質がありそうだ。これからは、任務が終わったら私の部屋に来るがいい」

 ニヤリとしたものだったけれど、珍しく笑っていた。
 まさか引き受けてもらえるなんて。なんだか不安だけれど、確実に一歩目的に近づけたような達成感はあった。




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