【承】



「今日は、ロクサスとトワイライトタウンへ任務に行ってもらう」

 そっけなく言い放つ顔をじっと見つめる。昨夜の顔は、やっぱりまぼろしだったのでは。一晩眠れば、やはりサイクスが優しく微笑むだなんて、天地がひっくり返ってもありえないことのように思えた。
 だからこそ、もう一度あの顔が見たいと思うのだろうか。いいや、サイクスがもっと笑うようになればいい。そうすれば、サイクスの表情をいちいち気しなくて済むようになる。

「なにを見ている。準備しろ」
「……サイクスって、笑ったりしないの?」

 サイクスの無表情以外の顔というと、呆れ顔、疲れ顔、うんざりした顔に、バーサク時の形相くらいしか私は知らない。もっといろんな顔をすればいいのに、もったいない。
 ちなみに今のサイクスの表情は、呆れ顔とうんざり顔を足したもの。

「必要ない」
「そうかな? 笑顔ってとっても大事なことだと思うけど」
「下らないことを考えている暇があるのなら、ひとつでも多くハートを回収できるよう努力しろ」

 しっしっ、と追い払われてしまった。ちぇ、と呟きながらソファーに座って、ロクサスが来るのを待つ。
 しばらくすると、アクセルがやってきた。軽い挨拶を交わしながら、サイクスの前に向かっていく背を目だけで追う。

「おまえはワンダーランドで調査任務だ」
「へいへい」
「油断するな。巨大なハートレスが目撃されている」
「へーきへーき。そんじゃ、行ってくるわ」

 適当に答えるアクセルに不満なのか、サイクスは彼が闇の回廊の中へ入ってゆくのをじっと見送っていた。
 いいな、アクセル。あんなに気にかけてもらえて。自然と、そんな感想が浮かぶ。

「フィリア!」
「うひゃっ!」

 いきなり後ろからロクサスが話しかけてきて、飛び上がるほどに驚いた。普段は怖いと思っていたサイクスの「やかましい」という視線を、今は恥ずかしいと感じている。
 私の奇声に首をかしげつつ、ロクサスはいつものように無邪気に笑った。こんな風に笑うサイクスを想像して、さすがに似合わないなと鳥肌がたった。

「おまたせ。行こう!」
「うん」

 「一緒の任務で嬉しいよ」なんてかわいいことを言ってくれるロクサスに続き闇の回廊に入る前に、もう一度サイクスを見た。こっちには興味なんてないのか、彼は誰もいない方向を見つめていた。





 トワイライトタウンには様々な誘惑が潜んでいる。
 シーソルトアイスを売っている駄菓子屋はもちろん、洋服やアクセサリーのお店とか、かわいいモーグリの雑貨屋とか……ついつい惹かれてしまうものばかり。

「これで、今日の任務は完了だな」
「うん。おつかれ〜」

 大型ハートレスをなんとか倒して、ロクサスとふたり一息つく。ロクサスは前よりもずっと強く成長してきたので頼もしいが、その分、組まされる任務がきつい。「うっかりしてると消滅するかも」なんて冗談も、半ば本気で言っている。

「アイス買って、時計台へ行こう」

 ロクサスの誘いに頷き、駄菓子屋へ向かった。その途中、洋服屋のショーウィンドウがあったので横目で見る。ボサボサの髪で埃まみれの黒コートを着た自分と、フリルやらリボンやらで飾られた花柄ワンピースを着ているマネキンが視界に並んだ。

「…………」

 もし、私がこんなふうにおしゃれをしたら、サイクスはこっちを見てくれるだろうか。
 そんな妄想にふけっていると、アイスを買い終えたロクサスがきょとんとした顔で戻ってきた。

「フィリア、なにしてるんだ?」
「あ――ううん、別に何も」

 私もアイスを手に入れて時計台へ向かうと、すでにアクセルが座っていた。

「よう」

 彼の持つアイスはもう半分。危険な任務だ、なんて言われていたのに。

「もう終わったの? 今日は危ない任務だったんでしょ?」
「まーな」
「へぇ、どんな任務だったんだ?」

 私とアクセルの間に座るロクサスがわくわくした声で訊ねると、アクセルはつまらなそうな顔で言った。

「危険つっても、ただの調査だ。確かに、でっかいヤツがいたぜ。倒すのはおまえのキーブレードじゃなくちゃ意味がねーから、適当に相手して撒いてきた。明日にでも、サイクスから詳しく説明されると思うぜ」

 ロクサスは「そうか」と相槌をうってアイスをかじる。
 シーソルトアイス。甘くてしょっぱい。昨日のコーヒーは苦いだけ。ミルクを淹れると苦くて甘い。

「アクセルって、サイクスと仲いいんだね」
「はぁ?」

 私の発言に、アクセルは「なんだそりゃ」って顔をした。ロクサスも、アイスを咥えたまま目を丸くしている。

「アクセルは、サイクスの笑顔って見たことある?」
「なんだよ、急に」
「いいから、答えて」

 強めに頼むと、アクセルは怪訝そうに片眉を上げた。

「数えられるほどねぇよ。あいつ、滅多に笑わねーもん」
「それでも、何回も見たことあるんだ……」

 私はまだ一回で、しかも一瞬だけ。アクセルはサイクスとナンバーが隣り合ってる。それだけ付き合いが長いのだから、当然と言えばそうなのだろうけど。

「フィリア……?」
「おまえ、どうした。サイクスに何かされたのか?」

 二人が心配してくれるけど、なんだか気持ちが落ち込んでゆく。
 もっとサイクスのことが知りたい。仲良くなりたい。どうすればもっと彼に見てもらえるようになれる?

「フィリア、アイス溶けちゃうぞ」

 ロクサスに言われ、雫を垂らし始めたアイスを見た。アイスは子どもでも食べられる。でもコーヒーは苦いから、私にはミルクを入れないとちょっと無理。でも彼は無糖のコーヒーを好む。なら、私もコーヒーを好きになれば……アクセルみたいに大人になれば、サイクスにもう少し近づくことができるのだろうか。




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