「やっと来たか」

 アイスを食べる、いつもの場所。
 腕を組み、片足を曲げて壁に寄りかかるという、純粋な乙女なら見惚れてしまうであろうほどに憎たらしくカッコつけた立ち方で、男は私を待っていた。幸か不幸か、仲間は誰もいなかったようだ。

「大人しく、成敗される気にでもなった?」
「まさか」
「でしょうね」

 背に隠した手裏剣を確認する。絶好の間合いで立ち止まり、いつでも投げられるようにしておいた。

「あんた、いつもここでアイス食べてるだろ」
「そうだけど……」

 「なぜ知っている」問う前に、彼は私たちがいつも陣取っている特等席へ歩き出した。無防備な背がこちらに。舐めきっているのか、それとも。

「こんな絶景を見下ろしながら食べるのは、さぞ気持ちいいんだろうな」
「ええ。友達と食べれば、もっとおいしいわ」

 ロクサスたちとおしゃべりしながらアイスを食べると、きつい任務の疲れをすっかり忘れてしまうくらい、胸の中が爽やかになる。
 彼の移動に合わせ、私も攻撃のベストポジションへ慎重に動いた。

「今日は食べないのか?」
「えっ」
「まだなんだろ」

 顔が強張り、指が少し引きつった。

「な、なんで……」
「店の前であんな顔してれば、誰だってわかる」
「まさか、それが気になって私の前に現れたってワケ?」

 否定の言葉は無かった。
 意味が分からない。私がアイスを食べるのとこの人がどう関係するというのか。ニセ機関員の正体はシーソルトアイス監視員だったとか?

「よっと」

 突如、彼が何気ない仕草でアクセルの席に座る。そして、こっちを振り向いて

「座らないのか?」
「何のために。私はあんたを倒さなくちゃいけないのよ」
「別に今日じゃなくてもいいだろう」
「ふざけてるの?」
「ふざけてなんかいないさ」

 偽機関員男が至極、穏やかな声で言い切ったので思わずたじろいでしまう。生憎、私が人であった頃の人生経験は豊富ではなく、こういう腹の底の探り合いなどに役立つ記憶は持ち合わせていない。
 手裏剣を隠し持ったまま動けなくなっていると、男はおもむろに青いアイスを取り出してかじり始めた。シャリ、シャリ、と氷を削ぐ心地よい音に、思わず唾液が溢れてくる。

「シ、シーソルトアイス……!」
「しょっぱいが甘い。不思議な味だ」

 彼が唇をペロリと舐めた。私の喉がゴクリと鳴る。

「もう1本あるんだが……さすがに1度に2本は多いな」
「……私にくれるってこと?」
「そうしてやってもいい」

 あーあ、やっぱり罠だったなあ。
 施すという立場の、上から目線の態度の彼が口端で笑みをつくる。それに腹立たしさを覚えながらも、思考は簡単にグラグラしていた。
 もともと食べたいと思っていたし、走りまくって喉が渇いているし、理性って心だし、私、心ないし……でもでも、矜持の記憶が……!

「溶けるぞ」
「もったいない!」

 矜持の記憶がクラッシュした。

「変なモノ混ぜてない? あとで代金請求しない?」
「そんなことするか」

 ほらよ、と差し出されるアイス。ちょっぴり溶けかけているがキラキラのアイス。
 サイクスが知ったらバーサクの勢いでお説教されるんだろうなーと頭の隅で思いながらも、いつもの定位置に座りアイスを齧る。電流のように脳に響いてくる魅惑の味!

「おーいしーいっ!」

 求めていた味に涙まで滲んでくる。
 疲労のあとにこれ1本! 食べなきゃ1日が終わらない!

「なんだ、思った以上に単純なやつだな」
「何か言った?」
「いや、別に」

 彼がアイスで口を閉じる。目隠ししているのだから、間違って鼻にアイス突っ込んだりしないかしらなんて思ったが、全くそんなことは起きなかった。

「ふんだ。これくひゃいで、わらひを、買収できひゃと、思わないでよね」
「食いながら話すなよ……」

 ムッとしたので、しばらく無言でアイスをかじり続けた。すると、今度は彼から話してくる。

「あんた、アイスも買えないほどに金がないのか」
「なっ!? 馬鹿にしないでよ。60マニーくらい持ってるわ!」
「それなら、どうして迷っていたんだ?」
「それは……その……」

 憎々しい思い出を、ひとくちアイスを食べてから説明した。



――ってワケ。買ったら犯人に負けた気がするし、無駄な出費は極力控えたいところだからね」
「ふぅん。金を貯めているのか」
「世の中、金よ」
「心を求めているノーバディの台詞とは思えないな」
「うっさいわね……」

 ガリガリ氷を噛み砕きながら彼を睨む。彼の口端は笑っていたが、どこに笑う要素があるというのか。

「犯人、教えてやってもいいぞ」
「はあ!?」

 アイスを取りこぼしそうになり、慌てて持ち直す。

「今の説明だけでわかったの?」
「ああ」

 しれっと答えるその横顔は、なんて涼しげなのか。身を乗り出して訊ねた。

「教えて。そいつを殺りに行くから」
「おい、あんたの仲間だろ……」
「食べ物の恨みは怖いもんでしょ」
「恨み、か」
「『心がないくせに』とか言いたいわけ?」
「いや、そんなことはないが」

 いちいち、科学者(ヴィクセン)のような反応をしてくる男だ。肝心なことをハッキリ言わないところが気に入らない。

「それで? 犯人はいったい誰なの?」
「教えてやる礼に、あんたは何をしてくれるんだ?」
「へ――?」

 いまさらのことだが、会話の主導権はすっかり彼に奪われていた。

「見返り……?」
「アイスはタダでやっただろ」
「それには感謝するけど、無理ね。さっき言ったとおり、私は貯金を切り崩したくないし、機関の情報だって何も教えられないわよ」

 私は武器を呼び出せるように少し構えたが、彼は気づいていないふりをしてアイスを齧り続けた。

「そんなことじゃない。例えば、またこうしてアイスをいっしょに食べるとか」
「えぇ?」
「それも無理なら、会話だけでもかまわない」

 これが普通の人間なら「口説かれてる?」とか色めき立つかもしれないが、残念なことに私は普通の人間ではないし、機関は彼を敵と定めている。

「今回は誰もいなかったから、欲に負けて付き合っただけよ。ザルディンあたりにキミと馴れ合っていることがバレたら、ダスクにされるどころか始末されちゃう」
「機会を見て、俺から会いにいくさ」
「そこまでして、どうして私と会いたいのよ。私はキミを討伐しようとしたっていうのに」
「さぁな。少しは自分で考えるクセをつけたらどうだ」

 ムカつく! ムカつくぞこの人!
 デミックス程度が怯えるほどには怖いと定評のあるジト目の表情で睨んだが、彼は全く動じなかった。瞳が見えないから、余計に真意がわかりにくい。

「あっ! さては、私に倒されるのが怖いのね。だから見逃してくれってことでしょう?」

 無言の否定の時間が虚しかった。

「はぁ……もう、わかったわよ」
「条件を飲む気になったのか?」
「考えるのが面倒になったの! 犯人を教えてくれるなら今後もキミと会ってもいいし、教えてくれないのなら次も手裏剣を投げてやるわ」

 投げやりに答えると彼は薄く笑い、耳を貸せとジェスチャーをする。言うとおり耳を差し出すと、こしょこしょと回答を述べた。聞いたとたん、信じられないと叫びたくなる。

「どうしてあの人が!」
「帰ったら確かめてみるんだな。もし違っていたのなら、また俺に手裏剣でも何でも投げればいい」
「……自信満々ね」

 アイスを食べ終えて、木の棒を見た。なんと「あたり」と書いてある。

「あたってる!」
「なにがだ?」
「アイスの棒。けどこのアイスもともとキミのだし、キミに……」

 言いかけて止める。いくら価値があろうとも、自分の食べた後のベタベタな棒を人にあげるのはまずい。また品のないノーバディだなんて思われるのは嫌だし、持ち帰ってキレイに洗ってからにしよう。

「俺に?」
「………………もし犯人が間違ってなかったら、次、会った時にあげるわ」
「そうか」

 彼がやわらかく笑んだ。不覚にも、その微笑みだけはいいなと思った。




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