――結局、犯人は見つからなかった。
トボトボ歩く夕暮れの街。握り締めているのは、なけなしの60マニー。お腹を壊すし夕飯が食べられなくなるので1日1本と決めているから、これは明日のシーソルトアイスを買う分のお金だ。今日の分はもうなくなってしまった。私の口に入る前に。
「く……!」
思い出すだけで腹がたつ。いったいどうして……誰が! ダスクをはじめ、言葉を使えないノーバディたちは絶対に機関員の私物へ手を出さない。だから、犯人は絶対に14人の中にいたはずなのだ! けれど見抜けなかった。敗けた気分だ。
いくら亀のような速度でも、歩き続ければ駄菓子屋の前に着く。珍しく、私以外の客はいないようだった。入口にドカンと構えられた横蓋の冷凍庫の中に愛しいシーソルトイアイスたちが並べられている姿を見て、唾液がこみ上げてくる。
「…………」
やっぱり食べたい。
買ってしまおうか。
でも、本来なら不要な出費である。
THE・葛藤。
60マニーをきつく握り締めたまま、しばし射殺さんばかりに水色を睨み続けた。そのような私の姿は、きっと傍から見たらとても滑稽で不審な様子だったのだろう。十数分経ったとき、いつも代金を支払うときだけしか会話をしないおばあさんが、ついに話しかけてきた。
「どうしたの? あなた、いつもはそのアイスをすぐに買うのに」
「……今日だって、そうしたいのですが」
買ってしまったら、それこそ完璧に、憎き犯人に屈服したような気がしてしまう。ちっぽけなプライドくらいは守り通したいけれど、それでも食べたい誘惑に抗いきれずにいる。ノーバディによくある矛盾だ。心がないのに矜持の記憶が欲の行いの邪魔をする。そんなもの、本当は微塵も大事だと思ってはいないのに。
「早く決めてあげなさい。さっきからもうずうっと、後ろでお友達が待っているからね」
「お友達?」
ロクサスかシオンかアクセルが来たのだろうか? あっちから話しかけてこないなんて珍しい……。
「え」
続く「あんたは」という言葉は掠れた。そこにいたのは、知っているが知らない奴。長い銀髪で目隠ししてる、どこかキザったらしい仕草の男。
「ニセ機関員ッ!!」
「……!」
思考するより先に武器である手裏剣を召喚し、男に向かってぶん投げた。男が一歩横に移動したので、ガギッとアスファルトの地に突き立つ。
「あらあら、まあまあ、喧嘩はだめよ!」
叫ぶおばあさんの声をよそに、男はくるりと背を向けて、トンネルの方向へ走っていった。闇の回廊じゃなくて足で逃げるなんて誘われているとしか思えない。ただでさえ(心ないけれど)苛つかされた日だったのだ。憂さ晴らしと八つ当たりも兼ねて倒してやる!(ついでに、倒せたらサイクスから特別ボーナスが出るかも、なんて下心もちょっぴりあった)
「おばあさん、また買いに来ます!」
言いながら力まかせに手裏剣を抜き、男のあとを追う。向かう先はトンネルの道。あそこは薄暗くて入り組んでいるので、先に待ち伏せられるあちらに有利だ。
カツーンカツーン、足音をコンクリートの壁がやかましくこだまさせる。今は、彼と私以外に誰もいないらしい。遠ざかる音はひとつだけだ。
「……いた!」
影のように黒いコートを視界の端に捉えて、追いかける。
「待て――このぉっ!」
当たらないだろうな、と思いつつ投げた手裏剣は彼の顔のすぐ横を通り過ぎ、その先にあった壁に刺さる。
銀色の髪が数本はらはら舞っていた。なんてマグレ、あ、いやいや、日頃の修行のおかげだ。
男が顔だけで振り向いてきたので、慌てて偉そうなポーズをとる。
「もう逃がさないわよ! 大人しく、観念――あっ、ちょっと!」
お決まりの台詞がまだ言い終わっていないというのに、男はくるりと顔を背け、更に奥へと走り出す。
「た、戦わないなら、いったい何しに現れたのよ!」
慌てて手裏剣を回収して、また追いかけっこ。数えるのも馬鹿らしいほどの通路を曲がってゆくと、突然、眩しい光に目が眩んだ。出口に男が吸い込まれてゆく。
「はふ、ぜぇ……ま、まてぇ……」
闇の回廊にばっかり頼って、ちょっと運動不足だったろうか。もはや酔っ払いのような千鳥足で出口へ向かった。先は時計台の側につながっている。夕日の光が目に刺さってくるようだ。
駅前の広場へ出ると、時計塔のガラスのドアが閉じてゆくのが見えた。あの男、この中へ逃げ込んだらしい。
「……あいつ、何考えてるの?」
ここまできて、今更、屋内へ入るなんて。非常に罠っぽい。追跡を続けるべきか、止めるべきか。
出入り口の前で立ち止まってしばし悩んだが、毒を食らわば皿まで。それに、もしあの場所にロクサスたちがいたらと思うと、放っておくことはできなかった。
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