空中庭園があらかた片付き、私は中央広場へ移動した。
中央広場もひどい有様。レンガにはヒビが走り、爆発した跡まである。誰かここで死闘でも繰り広げていたのだろうか。
「ここもめちゃくちゃだ〜……あ」
嘆きながら広場を見回していると、隅っこにヴェンがいた。沈んだ顔で、さっきのものとは違う木の剣をくるくる回転させている。
アクアって人と何かあったのかな?
私はヴェンの近くにある花壇を整備するため荷物を降ろし、しゃがみこんだ。まずは落ちた花びらを集めることから。
「アクアさんだっけ。会えなかったの?」
「……会えた。けど、行っちゃった」
次はシャベルで零れた土を花壇に戻す。
「テラさんも行っちゃったよね。ヴェンはどうするの?」
「俺は……わからない」
「決めてないの?」
「……」
木剣が回る音が止まる。ヴェンの方を向くと、ヴェンは木剣をじっと見つめていた。
「アクアは俺に帰れって言った」
「それじゃあ、帰るの?」
「……嫌だ」
「なら、その二人を追いかけちゃうっていうのはどう?」
「追いかける……?」
ヴェンがやっとこっちを見たので、私はえへんと胸を張り、自信満々に振舞ってみる。
「私だって、リアとアイザに怒られても家から出歩いてるし、絶対やめる気なんてないもの。どんなにモンスターに襲われようと、花壇の手入れを続けるんだって決めてるから!」
「どうしてそこまで花壇にこだわるんだ?」
ヴェンが真剣に訊ねてくる。なんとなく顔が熱くなるのを感じながら、私はさも平静を装ってそれに答えた。
「花が咲くと、アンセムさまや街のみんなが喜んでくれるから。『綺麗』って笑ってくれるのが嬉しいんだ」
「へぇ……」
「っていうのは建前で」
「えっ」
「嘘ではないんだけど、一番の理由はね」
私はシャベルを地面に置いた。
「私も、リアとアイザのようになりたくて。ちょっと年が下だってだけで、私のことを子ども扱いして仲間はずれするんだもの」
「……そうか、フィリアも俺と同じなんだな」
ヴェンがまた木剣を回し始めた。
「でも、フィリアを見ていると、言うこときいた方がいいような気がしてきた」
「あっ、ヴェンまでリアたちの肩もつの!?」
「うわっ、危ないって!」
思わずヴェンに詰め寄ると、木剣が落ちてしまった。カラカラと転がって、ある人の足元で停止する。
「ようやく見つけたぜ、フィリア」
「げげっ、リアにアイザ」
「フィリア、リアの言葉遣いは真似するな。将来、絶対に後悔するぞ」
「はぁい」
「アイザ。それってどういう意味だ」
リアが不満そうな顔をしながらヴェンの木剣を拾い上げた。珍しそうに眺めた後、ヴェンを見てニヤリと笑う。
「これ、お前のか? こんなんで遊ぶなんてお子ちゃまだな。俺のは……ジャーン!」
リアがお気に入りのフリスビーを効果音付きで取り出し、ヴェンに見せ付けた。リアのお子ちゃま発言のせいで、ヴェンがすごく不機嫌そうな顔になる。
「おまえのだって」
「おまえじゃない、リアだ。おまえは?」
「ヴェントゥス」
「よし、ヴェントゥス。勝負しようぜ」
「はぁ? なんでそうなるんだよ?」
「妹分にちょっかい出している男の実力を確かめるのは、兄貴分の勤めなんだ」
「俺は、別にちょっかいなんて……」
「リア、やめといたほうがいいと思うよ」
リアはこの辺りの子どものたち中で、一番ケンカが強い。けれど、さきほどヴェンの実力を見た私から言わせれば、その勝負、結果は火を見るより明らかだ。
悲しいことに、私の善意ある忠告を無視し、リアがフリスビーでかっこいいポーズ(自称)を決める。
「俺を倒せたらフィリアとの交際を認めてやろう。負けたら潔く諦めろ。俺を超えられない程度の男にフィリアを任せるわけにはいかないからな!」
「もはや兄貴分じゃなくて親父だな、リア」
「いいんだよ。こういうのは雰囲気つーか、ノリが一番大事だろ?」
「要するに、私を理由にヴェンと遊びたいんでしょ」
「かまってあげてくれる?」とヴェンに目で頼み込むと、ヴェンはきょとんとした後ふっと笑い、木の剣を拾い上げた。
5分と経たずに決着がついた。勝負の結果は……うん、やっぱり。
「今日はこれくらいにしといてやる」
ヘトヘトになって床に座り込むリアに、ヴェンは「え」と言ったあと、「ああ」と頷いてくれた。お情けだ。
「どう見てもお前が一方的に暴れて勝手にばてたようだがな。いったい何がしたかったんだ?」
「リア〜、大丈夫?」
「うっさい、憐れむように見下ろすな! 友達ならこういうときフォローするもんだろ。今日は調子悪かったなとか、手加減しすぎだろ、とか!」
私とアイザは顔を見合わせて、アイザはため息を、私は苦笑をリアに返す。
「悪い。俺は冗談が苦手なんだ」
「次はフォローできるくらいにがんばってね」
「おまえらな……」
リアがばったり地面に倒れた。
「友情って泣けるよなー。お前も友達は選んだほうがいいぞ」
ヴェンに向けてリアが言う。私たちを選んでいるのはリアなのに。おかしくて笑い出すと、ヴェンも一緒に笑っていた。嬉しかった。
「リア、そろそろ行くか」
「ああ」
「行くのか」
ヴェンがリアに声をかける。
「おまえとはまた会えそうな気がする。俺たちは友達だからな。記憶しとけよ」
「わかった、リア」
「フィリア、おまえはちゃんと家に帰るんだぞ」
「えー」
「お前なぁ」
私はヴェンの背後に隠れ、リアにしっしっと手を払った。
「私のことはヴェンに任せるんでしょ? 早く行かないと、アイザが怖い顔で睨んでるよ」
「やべっ、あいつ、キレると手に負えないんだよな。そんじゃ、ヴェントゥス。任せたぜ」
「え、あっ、ああ……」
二人の姿が見えなくなると、ヴェンが私に言った。
「フィリア、俺も行かなくちゃ」
「そっか……」
「家まで送るよ」
「ううん。いい」
「でも」
「だいじょうぶ、ちゃんと帰るから。テラさんとアクアさん、追いかけるんでしょ?」
「……ああ」
聞き分けのいいことを言いながら、心の中では後悔していた。本当はもっとたくさんヴェンと一緒にいたかった。でも、背中を押した手前、長々と引き止めるわけにもいかないし。
「あのね、ヴェン。私、これからも花壇の整備がんばるから」
「うん?」
「ヴェンがびっくりするくらい、綺麗な花をたっくさん咲かせる! だから……その……」
両手を握り、腹に思い切り力を籠める。すごく勇気が必要だった。
「花が咲いたら、見に来てくれる?」
「もちろん」
「――ほんとっ!?」
勢い良く顔を上げると、ヴェンが笑って右の小指を差し出してきた。
「モンスターを全部倒したら、またフィリアに会いに来るよ。約束する」
「約束……」
おそるおそる、小指をヴェンの小指に絡め合わせた。そこからヴェンに伝わってしまうんじゃないかってくらい心臓がドクドクしてる。音をごまかさないと、何か話さないと。
「そっ、そうだ。良かったら、テラさんとアクアさんも連れてきて。人数が多いほど、きっと花が綺麗に見られると思うから」
「わかった。二人もすごく喜ぶと思う」
「それじゃあ、ゆびきった!」
これ以上は心臓が聞かれてしまう! 私は勢いよく手を離そうとした――ら、まるで引き止めるように、その手をヴェンに掴まれた。
「あ」
「わっ、ごめん!」
すぐにヴェンが手を離す。びっくりして、うるさく鳴っていた心臓がむしろ止まってしまうかと思ったが、そんなに急いで放さなくてもよかったのにとも思ってしまう。
手を離した後、なんだか微妙な空気になってしまって、私は捕まれた手をもう片方でぎゅっと握り、ヴェンは頭を撫でていた。気恥ずかしいし、こういうとき何て言えばいいんだろう。
「えっと……それじゃあ、行くよ」
「あっ、うん」
「またな、フィリア」
「またね、ヴェン」
私は、ヴェンの姿が見えなくなるまで見送った。
瓦礫を撤去し、花壇のスペースを多めに確保。土を整え肥料を撒き、種をひとつづつ植える。夏になったら、この花壇でひまわりが咲くだろう。
「フィリア、おつかれさま」
「あ、エアリス」
「麦茶、持って来たよ。休憩しない?」
「やった、ちょうど喉が渇いてたんだ」
適当な場所に腰掛け、冷たい麦茶を両手で受け取る。エアリスからの麦茶は心の準備が必要だ。見た目は普通の麦茶だけれど……。
「エアリス。これって砂糖入ってる?」
「うん。今日は多めにしてみたんだ」
「うぁ……ありがとう」
顔を引きつらせながら、腹を括ってひとくち含む。やっぱり甘い、もんのすごく甘い! 昔から飲ませられているが、全く慣れる気がしない。
私が悶絶している間に、エアリスが隣に座り、造りかけの花壇を見てにっこりした。
「花壇、あとちょっとだね」
「げほっ、うん。10年前のレイディアントガーデンのように花の広場をあちこちに造る予定!」
「10年……もうそんなに経ったんだね」
「エアリスは覚えてる? モンスターが出たときも、私たち交代で花壇の整備してたよね」
「うん。そのとき、フィリアが初恋の子と出会えたことも」
「うっ!?」
麦茶を噴出しそうになるのをなんとか堪える。エアリスとの会話はいつも油断ならない。彼女はどこか特別で、たまに鋭く何かを見抜いてくる。
「初恋っていうか……まぁ、そうだけど」
「きっと、もうすぐフィリアを迎えに来てくれるよ」
「ぶはっ」
今度こそ麦茶を噴出し、しばらく咽た。
「もう10年も前の約束だし、さすがにそういう期待はしてないよ!」
「でも、待ってるんでしょ?」
「いや、だから……」
「がんばって。私の勘って、結構当たる方なんだから」
「勘なの? って、そうじゃなくて、私は」
「あっ、麦茶、レオンたちにも配ってくるね」
ニコニコと手を振って、エアリスは去ってしまった。
嗚呼、マイペース。私は麦茶をチビチビ飲みながら空を見上げる。
「そりゃあ、また会いたいけど」
今頃、ヴェンは25歳くらいだろうか。あの容姿を他の女の子が放っておくはずはないし、そもそも世界的危機ばっかりで、私のように忘れてしまっているかもしれない。あの時、もっとちょっと気の利いたことを言ってれば……ってそうじゃない!
「あ〜、もうっ、考えるのはやめやめやめっ!」
私は残った麦茶を一気に飲み、また咽せ、跳ねるように立ち上がった。
「よぉし……がんばるぞー!」
袖まくりして無理矢理に意気込むと、私は花壇の整備を開始した。
2011.6.26
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