ちょっとした息抜きで、ひとりミステリアスタワーの外階段に座り星空を眺めていたら、近くの茂み側から視線を感じた。ハートレスかと思いきや、そこにいたのはヴァニタスで、無言のままこちらを見ている。

「あっ! ヴァニタス」
「ひとりでうろつくなんて、相変わらず無防備なやつだな」

 驚いて立ち上がっている間に、彼は小ばかにしたような声音でずんずん近寄ってくる。

「だって、このあたりは安全だし――」
「安全? 俺と会ってるだろ」
「それは、そうだけど」

 ハンと笑い飛ばしながら、あと数歩の距離でヴァニタスが立ち止まった。仮面ごしに強い視線を感じる。わざわざこちらの拠点に出向いてきた割になかなか用件をきりださないので、こちらから訊ねてみた。

「私に何か用?」

 返事がない。
 しばし無言で見つめ合う時間が続く。
 ヴァニタスの仮面にこちらの顔が映って、まるで鏡のようだった。もう少し近づいたら中のヴァニタスの顔が見えるだろうか。思いつきで顔の距離をつめてみると、意外にもヴァニタスがたじろいだ。

「なんの真似だ?」
「近くからなら、ヴァニタスの顔が見えるかと思って」
「俺の顔? もう知っているだろ」
「隠しているから、また見たくなっちゃった」

 笑って言うと、彼はまた黙ってしまった。もっとからかったり、イジワルを言ってきたりしてくると思ったのに。

「ねぇ、ヴァニタス。あまりここに長居しないほうがいいんじゃない?」

 ここはイェンシッド様のお膝元。塔の中にいるアクアやヴェントゥスが、すでに闇の気配に気づいて向かってきているかもしれない。
 心配してあげたのに、ヴァニタスは呆れたようにため息を吐いた。

「おまえ。成長したのは見た目だけか?」
「えっ?」
「ずいぶん呑気なことばかり言う。前の方が、よほどしっかりしてたんじゃないか?」

 そこで、唐突にヴァニタスが仮面を取った。ツンツンした黒髪が解放されて風にそよぎ、ソラと同じ貌が無表情でいる様があらわになる。
 彼が仮面を取った理由より、静かに見つめてくる瞳に意識が惹かれた。金色の瞳にはトラウマ級の苦い思い出ばかりだが、この顔は特別。怖いよりも先に親しみが勝ってしまうし、ヴァニタスは決してソラが浮かべない表情ばかり。目が離せない。
 見惚れていると、おもむろに左腕を掴まれて袖がめくられた。

「わっ、ちょっと――?」
「俺がつけた傷だったな」

 普段は隠している、二の腕の薄い一本線の古傷があらわになるなり、まるで確認するようにヴァニタスの親指の腹につつと撫でられた。くすぐったいし恥ずかしいしで「離して」と言おうとしたが、その前にヴァニタスの顔が傷跡に寄る。ふにっと口づけられ、なぞるように舌先で舐められた。
 絶句。
 常識外れで信じられないと思う一方、その仕草が煽情的に見えてしまい、自覚できるほどに頬が一気に熱くなった。
 唇を腕に付けたまま瞳だけで見上げてきたヴァニタスと、至近距離で視線が絡む。彼はあわあわしているこちらをフッと笑い、あーんと大きく口を開けて……

「痛ッ!」

 反射的に硬直する。血こそ出ていないが、歯形がくっきり残るほど強めに噛まれた。

「これくらいにしておいてやる」
「な、なっ、な……」

 暴かれ、撫でられ、舐められ、噛まれてと大混乱。とにかくヴァニタスから離れなければ思ったら、あっさり手を離された。慌てて数歩距離をとる。

「なにするの!」
「おまえにソレをつけたのは俺だ――忘れるなよ」
「言われなくても、忘れないよ!」

 いろんな感触が残る腕を袖で隠し、服の上からゴシゴシこすりながら叫ぶと、ヴァニタスは満足そうな表情のまま再び仮面をつけて闇の回廊で去っていった。

「結局、何しに来たんだろう……?」
「フィリア!」

 ヴァニタスの消えた場所を呆然と眺めていると、入れ違いに塔の中から臨戦態勢のアクアとヴェントゥスが飛び出してきた。

「濃い闇の気配がしたから、急いで来たのだけど――大丈夫だった?」
「う、うん。とくに、なにも……」

 つい先ほどまでヴァニタスといて、彼にされたことを全て伝えたら大変なことになりそう。
 アクアに曖昧な返事をしていると、ヴェントゥスがひょいと顔をのぞき込んできた。先ほどのヴァニタスとの距離に近く、内心ぎょっとする。

「フィリア。なんだか顔が赤いよ?」
「本当。熱かしら?」
「ちょっと熱いだけ!」

 腕をさすりながら、そそくさとヴェントゥスたちから視線をそらす。まだジンジンと痛む噛み跡を、うっかり彼らにバレる前にケアルで治してしまおうとも思ったが、

「『忘れるな』、か……」

 なんとなく、すぐに治す気にはならなかった。




R5.8.19




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