割り当てられた任務を片付けていたアンセムは、偶然とある世界でリクを見つけた。王とフィリアも一緒にいる。その気がなくても巡り合ってしまうのは運命か。どうしても彼を無視できなかったアンセムはハートレスを操ってちょっかいを出し、彼らを分断することに成功した。
 さて、ちょっとリクに挨拶でもしてこようかな。アンセムがリクの元へ向かおうとした矢先にフィリアが側の茂みから兎のように抜け出てきた。

「む」
「あっ、アンセム……」

 いつものようにビクッと震えて泣き顔で逃げたりキーブレード使いの後ろに隠れるのかと思いきや、今日のフィリアはアンセムの予想とちょっと違った。ほけっと口を開けて、とことこ目の前までやってくるなり、じっとアンセムを見上げ何か考えている。

「アンセム」
「なんだ」
「もっと近くに行ってもいい?」

 想像もしなかった問いに、アンセムは「は?」と目を丸くした。ポカンとしている間にもフィリアは寄ってきて、しげしげアンセムを見上げたままう〜んと首をかしげている。

「もっと近くにいきたい」

 すでにふたりの距離は触れそうなほど近い。なのにフィリアは「もっと近く!」と更にねだるものだから、仕方なくひょいと横抱きしてみると、抵抗せずに抱かれるうえにフィリアから身を摺り寄せてきた。
 アンセムの脳裏にカモネギの図が浮かぶ。どんな気まぐれか知らないが、抵抗されないのならば、まだ指示された時期じゃないけど持ち帰っちゃおうかなとアンセムが考え始めていたとき、フィリアがアンセムの首辺りを嗅ぎはじめたのでギョッとする。

「おい、何をしている」

 思わずフィリアを落としそうになった腕に力をこめ直しながら、アンセムはできるかぎりフィリアから顔を引き離そうと無駄な努力をした。ハートレスなので心がないアンセムだって女の子に臭いと言われたらさすがに傷つく。

「なにか分からないけど、ゼムナスと同じいい香り……これが闇のにおいなの?」

 もっと臭いと思っていたと言われて、アンセムはひどい仕打ちをうけた気分になった。一方、アンセムがショックを受けているのに気づいていないフィリアは平然と理由を述べる。

「リクが、アンセムからは闇のにおいがするから近くにいると分かるって。私も便利そうだから知りたかったの」
「リクか……」

 アンセムは、いつも整った美貌を歪めて「においで分かった」と言ってくる青年を思い出す。彼に言われる場合は別に気にならないのに……。
 そこでアンセムはハッとする。アンセムは匂いチェックに合格できたからいいものの、このまま本陣に連れて帰ったら、この娘が闇勢力全員に体臭チェックしてくるかもしれない。万一マスター・ゼアノートに向かって「加齢臭がする」などとのたまわれた日には──カリスマ性が地に堕ち、闇の勢力は瓦解するかもしれない。

「フィリアを放せ、アンセム!」

 アンセムが困りきったタイミングで、やっとリクが現れた。アンセムに抱きあげられているフィリアを見て射殺さんほどの鋭さをもった瞳で睨みつけてくるが、アンセムからすればいいキッカケである。
 アンセムは無言でフィリアを降ろした。着地するとフィリアはリクのもとへ小走りする。らしくないアンセムの素直さに戸惑いつつも彼女を背後にしっかり隠したリクがアンセムと対峙し、どよんとした目のアンセムと、闘気に満ちたリクの瞳が交差する。
 アンセムはげんなりため息を吐いた。

「いや、私はもう帰る……」
「なに……!?」

 警戒を解かないリクを尻目に、アンセムは闇の回廊を開く。

「大切なものからは、目を離さないことだな」

 リクに向けてかっこいい捨て台詞を残すことは忘れないが、ちょっぴり猫背で回廊に入ってゆくアンセム。リクがいつもと違う様子に首をかしげていたが、原因であるフィリアは呑気に「私には闇のにおい、分からなかった」とリクに告げていた。






R3.11.2




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