夕焼け色に染まる、勝手知ったるトワイライトタウンだが、行くあてとなるとそんなにない。自然に足は友だちの切り盛りするレストランへと向かっていた。おしゃれな扉をくぐる前に、前の道を歩いていた、私と年齢が近い女性たちのキャアキャアとした声がたまたま耳に届いてきた。

「ねぇ。さっき、見かけた人がいたみたいだよ。銀髪のナイト様」
「えっ、ホント?」
「急ぎ足でここを通っていったみたいだけど――あ、あそこ!」

 なんだろう。彼女らがヒソヒソ指しあっている方向をチラ見すると、私を追いかけてきたのだろうか。きょろきょろ辺りを見ているリクがいた。女の子のひとりが頬を染めて友人らに宣言する。

「あたし、今日こそ告白するんだ」

 銀髪だし――ナイト様って、まさかリク?
 とっさにレストランの前に置かれた机の影に隠れて、彼女らの様子を窺った。女の子たちは可愛らしいことに、慌ててカバンから取り出した手鏡で髪型や化粧を直したあと、互いに「大丈夫、カワイイよ」と励まし合ってリクのところへ向かっていった。なんだか、自分ことのように心臓がドキドキする。先ほど宣言していた女の子が「あの!」と、緊張した声でリクを呼ぶ。気づいたリクが彼女を見る。女の子たちは頬をポッと赤らめて、数秒、リクに見惚れため息をはいていた。一方で、リクは頭上に大きな「?」を浮かべているような表情をしている。

「俺に何か用か?」
「あ、あたしのこと、覚えてない? 以前、変な魔物から助けてもらったんだけど。その時からキミのこと気になってて。今日やっと会えたから、声、かけたの……」

 わぁ。本当に、リクが女の子にモテてる! なんて、自分の恋心をうっかり忘れるくらい、その場面をミーハーな気持ちで見ていた。けれど、その時のリクの瞳を見た瞬間、冷や水を浴びせられたような気持ちになる。

「さぁ。悪いけど、覚えてないな」

 いつもキラキラ輝いてるんじゃないかってくらいの優しい笑顔とも、かつての旅でソラをギラギラ睨んでいた目つきとも、しつこくつきまとってたアンセムをうんざり見つめるものとも違う――どこまでも無感情な瞳。目の前に立つ、自分に恋してる女の子たちのことなんて見えていない。毛の先ほども興味がないのだ。
 心臓の鼓動がドッ、ドッと胸を叩く。怖い。あんな瞳をしたリク、初めて見た。

「話はそれだけか? 悪いが、いまは人を捜しているんだ」
「えっ、ちょっと、話はまだこれから……」
「もう、魔物に襲われないように気をつけろよ」

 リクは縋ってくる女の子の手をすげなく振り払って、チラッとこちらを見たかと思ったら、まっすぐ私の方へ来たのでギョッとして更に逃げだした。もしかして、ずっと見ていたの、バレていたのだろうか。
 リトルシェフに軽く挨拶しつつ、裏口を借りてレストランを出て、人ごみを避け町はずれの屋敷の方へと向かう。
 あれ、どうして私はこんなにリクから逃げているのだっけ。リクのこと、好きになっちゃったから? リクの知らない表情を知ったから? リクが追いかけてきているから?

「もう、こんな気分の時にまで出てこないでよ」

 自分の行動の理由に混乱しながらも、道中現れてくるハートレスを魔法でバシバシなぎ倒してゆく。いつもはなるべく静かに倒すのだけれど、うっかり派手な魔法まで撃ってしまった。
 もし、リクを好きになっちゃったことが、リクにばれたら――。

「はぁ? 俺のことが好きなのか? 勘違いするなよ。やっかいな体質だから監視してるだけさ。他の人までハートレスの被害に巻き込まないためだ」

 こ、こんなことリクは言わない。言わないと……思うけど……。もし、呆れて先ほどの女の子みたいな目を向けられるようになったら。ズーンと気持ちが沈んでいく。
 屋敷の前に到着し、塀に寄りかかってしゃがみこんでいると、やっぱり、リクはすぐに来た。私の目の前で立ち止まると、地面に膝をついてまで同じ目線になってくれる。

「大丈夫か?」

 私を見て、穏やかに微笑んでるリク。先ほどの女の子への対応を思い出すと、今までどれだけの好待遇を受けていたのか自覚せざるをえない。

「リク、ごめんね。私、リクにとんでもないことをしちゃったの……」

 キョトンとするリクへ、この前、彼にかけてしまった薬のことを説明すると、リクはあっさり「問題ない」と答えた。

「あの薬のことなら調べた。そういう効果はない」
「どうやって効果を調べたの? モーグリさんも曖昧だったのに」

 自分にかかった怪しげな液体だから調べたのだろうか。察したのか、リクが首を横に振る。

「フィリアが大事そうに持っていたから、気になっただけだ」

 リクがニコリと微笑むので、調査方法について答えていないのに、カッコよさに流された自覚はあった。

「だから、フィリアが俺のことを好きなのは、薬のせいじゃない」
「え」

 全身の毛が逆立って、心臓が口から飛び出た。

「な、なんで、それを」
「すまない……ピンツたちとの会話が聞こえたんだ。出るタイミングがなくて」

 やっぱり聞こえてたんだ! 恥ずかしすぎて、顔から火を出しそうだ。両手の平で顔を覆い、リクの顔がまともに見られないようにした。

「嬉しかった」

 自分の都合のよい幻聴かと思って、思わず顔を上げるとリクはとろけるような笑顔を見せる。

「なあ、どうして俺がフィリアを守ろうとするのかって、訊いてたよな」

 リクの顔がゆっくり近づいてくる。長いまつげが影を落とす美貌に、ただただポカンと見惚れてしまった。

「フィリアが、俺にとって、一番大事な女の子だから守りたいんだ」

 リクの名を呼ぼうとしたが、その前に唇が重なる。夕焼けと静寂に包まれた中、草木が風に揺れる音だけが聞こえていた。




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