マスターゼアノートを倒した後、旅立ちの地に帰ってきてから、突如現れた猫のヌイグルミ(?)のチリシィ。彼はいつもヴェンにひっついていて、当然のように彼の腕の中を占領し、気安く頭の上に乗ったりしている。
最初はそんなふたりの様子を、ただただ微笑ましいなって思っていたけれど、毎日続いているのを見ているうちに、胸の内にモヤモヤとしたものが渦巻きだしていた。
やだなあ。これは嫉妬かな。闇かもしれない。
私だって、もっとヴェントゥスと一緒にいたいし、なでなでだってしてもらいたい。でもそんなこと恥ずかしくて言えないため、物陰から彼らの様子を羨まし気に見ているばかり。なんだかストーカーみたいなことになっていた。
「フィリア、そんなところで何してるの?」
今日は山頂の柱の陰からベンチにいるふたりを観察していると、ついに気づかれてしまった。恍惚した表情でヴェントゥスの膝の上に座り、なでなでヨシヨシされているチリシィまでこっちを見ている。ヴェントゥスが手招きした。
「そんなところにいないで、こっちにおいでよ」
爽やかかつ純粋な微笑みに一瞬逃げたくなったけど、ぐっと踏みとどまり、言われた通りに隣へ座った。胸中の思いを悟られたくはなくて、視線はウロウロ、緊張から作り笑いすらできない。ヴェントゥスがチリシィをだっこしたまま、顔を覗き込んでくる。
「どうしたの? 落ち着かないみたいだけど」
「えっ、別に、どうもしないよ……」
アハ、とか、エヘ、とか嘘くさく笑ってみるも、うまくいかない。ヴェントゥスの側にいられて嬉しいけれど、恥ずかしくてソワソワしてしまう。
「どうもしない様子には、とても見えないけれど」
猫なのにニャアとか語尾につけないチリシィの、糸を縫い付けたような瞳と視線が合って、ついじっと見つめあった。これ、どういう仕組みなのかしら。すると、ヴェントゥスが納得したかのように彼(?)をひょいっと持ち上げる。
「はい、どうぞ」
「えぇっ!?」
「ふわふわのモチモチで、きもちいいよ」
撫でてみなよ、とチリシィを膝に乗せられた。チリシィも照れくさそうに「優しくしてね」なんて言う。
ちが、ちがう、違うよ〜〜〜!! と頭の中で叫びつつ、おそるおそる、ふわもち触感のチリシィをなでなでしてみた。あ、確かにこれは、きもちいい。
なでなでなで……なでなでなで……
なでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなで
「キミ、テクニシャンだね」
膝の上で蕩けたチリシィにうっとり言われてハッとする。ついつい撫でまくってしまっていた。わぁ、すごく良い仕事した気分。自分が満面の笑みなのが分かる。
ふと、横にいるヴェントゥスを見ると、彼も上機嫌でにっこにこの笑顔だった。
「ご、ごめんね。ヴェンの子なのに」
「ううん。でも、なんだか羨ましいな」
「え?」
そのタイミングで、チリシィがひょいっと膝から降りたので目で追うと、彼はやれやれと言った仕草で山の下り道へと歩いて行った。
「これ以上は僕、お邪魔みたいだから、先に帰っておくね」
「邪魔なんて」
「じゃあ、またあとでねー」
去っていくチリシィのちんまい後ろ姿。ちょっと前まであんなに羨ましかったというのに、いなくなってしまうと途端に心細くなってしまうなんて、不思議。
気がつけば、ヴェントゥスがジッとこっちを見ていた。テラやアクアの前だとまだまだ無邪気な子どもって感じなのに、いまは、なんだか大人びて見える。
「ここへ戻ってきてから、二人きりになることってなかったな」
「うん、そうだね……」
なんだろう、この気恥ずかしい空気。
あの頃と――二人で旅してきた時と、ヴェントゥスはさほど変わらないけれど、私は変わった自覚があった。その差は十年近くでもあり、数年でもある。外見も成長したし、内面はもっと変化してきた。しばらく彼のことは完璧に忘れていたし、その間、別の人を心から好きになったこともある。深く心を通わせた人たちだって。
「最近、フィリア、いつも遠くから俺を見てただろ」
ギクッと肩が跳ねた。ストーカー、ばれてる。冷や汗を流すこちらの反応に、ヴェントゥスはくすりと笑った。
「どうして?」
「だって、気まずいもの……いろいろ」
「いろいろって?」
「な、内緒」
ごにょごにょとしか言えない自分が情けない。
「まぁ、全部知ってるけど」
「エッ」
「ほら俺、ソラと一緒にいただろ。それに、いろいろ聞いたから。リアとか、ドナルドから」
あ、あのふたり〜!
開いた口がふさがらず、混乱の末、席を立ちかけたところを、手を掴まれて座らせられる。穴があったら入りたい。
「ゴメンナサイ」
「どうして謝るんだ?」
「だって、だって、私、浮気してたようなものじゃない……? それなのに」
「浮気?」
ヴェントゥスがポカンと繰り返し、そして大笑いしだしたものだから、混乱が増す。こんなに大笑いするヴェントゥスって珍しいかも。
あんまり笑うものだから、拗ねた気持ちでなんで笑うの、と問うと、彼はごめんごめんと軽く謝ってきた。
「ねえ、フィリア。ネバーランドで俺が最後まで言えなかったセリフの、続きを言わせて」
その後、夕飯の時刻になって、城へと戻ってくると、前庭の階段で待っていたチリシィに「うまくいった?」なんて訊ねられ、「まあ、手を繋いでるところからして、聞くまでもないよね」なんて、言われるのであった。
2020.02.18
\やるやるやる〜/
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