ゴーン! と大きな音が鳴り響いたのは直前だった。
旅立ちの地のものとよく似た音に驚いて目を開く。どうやら、城の時計が10時を告げるものらしかった。
睫毛が触れそうなほどに至近距離で進行が止まったヴェンと、きまづげに見つめ合う。
「10時……だな」
「そう、だね」
すっかり雰囲気が壊されてしまって、互いに乾いた笑いを浮かべた。ゆっくりヴェンが離れてゆく。とってもとっても残念だけれど、これからたくさん機会があるはずだし、焦らなくてもいいだろう――そう自分を納得させる。
「そろそろ帰ろっか」
「もう帰るの?」
「まだ、いたい?」
キーブレードを呼び出そうとしていたヴェンが片眉を上げる。
「もうちょっとだけ、二人きりでいたいなって思って……だめ?」
帰ったら、マスター・エラクゥスがいる。たとえ見抜かれていたとしても、いつか知られることだとしても、この関係を知られるのはまだ恥ずかしい。
そんな気持ちを知ってか知らずか――たぶん、気づいてはいないだろうけれど、ヴェンはおねがいを快く受け入れてくれた。
「そういえば、俺たち、まだ踊ってなかったよな」
ヴェンがキーブレードを掴むための手を下げ、そのまま差し出してくる。
「えーと、こういうとき、なんて言うんだっけ?――そうだ、『俺と踊っていただけますか?』」
なんて言うんだっけ、のくだりがなければ完璧だったのに。でもそこがヴェンらしくって、また愛しく思った。
城門の上、へたくそにリードする姿を眺めていた。俺も習ったわけではないので良く知らないが、あいつが楽しそうな顔をしているのなら、それでいい。
「ご苦労だったな」
背後からやってくる気配に舌打ちをする。常日頃から運がない奴だと思っていたが、よりによってまたやっかいな奴に目をつけられたものだ。
「放っておいていいのか?」
「たまには、アイツにも華を持たせてやらないとな」
問題はアンタの方だ。隣に立つ姿を見ずに言う。
「あいつに、何をしようとした?」
「さぁ……ただからかってやっただけだ。あいつはいつだって、俺にとって都合のいい便利な道具だからな」
「……」
こいつがマスターでなければ……。ギリ、と奥歯が鳴った。
「そう不安がるな。加減はわかっているさ」
別れの言葉代わりに笑みを残し去ってゆく姿を睨みつけ――消えたところで、また二人を見下ろした。
2014.02.16
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イイネ
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