「――ちぃ!」

 闇に触れる寸前、唐突に拘束が解かれた。突き放され、地面に両手を着く。必死に失っていた酸素を求め息を吸った。
 何が起きたのだろう? 激しい閃光と金属音に身をすくませる。

「じっとしてて!」

 ヴェンの叱り声に、上げかけていた頭を下げた。それから幾度か戦う音が鳴り響き――静かになってからそろそろと顔をあげると、ヴェンが闇の回廊があった場所に立っていた。

「闇の回廊は……あの人は……?」

 いったい、なんだったのだろう。まるで、悪い夢のように消えてしまった。ヴェンが追い払ってくれたのだろうか。
 ポカンと地面に座ったままでいたら、キーブレードを消したヴェンが目の前で膝をつく。

「ケガはない?」

 深刻な顔。少し低く、鋭い声に緊張する。

「うん――平気」
「無事でよかった……」

 はぁ、と深いため息がこぼれたと思ったら、ヴェンにきつく抱きしめられた。あったかいし、ヴェンの匂いにやっと安心できたけど――締めつけが強すぎて息が苦しい。

「ヴェン、苦し……」

 訴えたのに、腕の力は一向に緩まない。二人の体がくっついちゃうんじゃないかと思うほどに、ぎゅうぎゅうに抱きしめられたまま。ヴェンから伝わってくるのは不安と苛立ちと悔しい気持ちばかりだった。私のせいだ。楽しむはずの舞踏会――めちゃくちゃになってしまった。
 とにかくヴェンに申し訳なくて、必死に言わねばならない言葉を考える。

「ごめんね」

 違う。

「ありがとう」

 これでもなくて。

「だいすき」
「えっ……?」

 くっついていたヴェンの体がパッと離れる。動揺しているらしく、茹で上がったような顔色になっていた。たぶん、私も同じ顔をしているだろう。

「フィリア、今なんて?」
「も、もう一度、言わなくちゃだめ?」
「言って」

 両肩を掴んでいるヴェンの手に力がこもるのを感じる。伝わってくる気持ちは先ほどの暗く重い色から一転して驚愕、歓喜、安堵、期待に変わってくれたが、私にとっては怖く、恥ずかしい。
 視線を逸らし、もう一度勇気を振り絞る。

「…………好きって言ったの……ヴェンのこと」

 とろりとやわらかくなるヴェンからの視線に、胸がきゅうと締められた。言ってしまった。拒絶する顔色ではない、うれしいどうしよう、でも恥ずかしい、逃げたい、隠れたい!
 衝動に任せ逃げ出そうとした寸前に、がばっとした勢いで、再度ヴェンに抱きしめられた。

「いッ、ヴェン、いたいっ」
「やっと聞けた……!」

 加減のない力で圧迫されて、つぶされてしまうかと思った。
 ヴェンの額が右肩に乗る。どんな表情をしてるのか見えないけれど、熱い。

「すごく嬉しいよ。ずっと聞きたかったんだ!」
「うぅ……キーブレード墓場でも言ったんだよ?」
「え」
「ふたりが融合してたときに。ヴァニタスには『何言ってるんだ』って言われちゃったけど……」

 そこで、うかつな発言からヴェンの雰囲気に威圧的なものが加わったのに気がついた。怒ってる。それもすんごく。

「それって、ヴァニタスに告白したってこと……?」

 あ、コレ、答えを間違えると取り返しのつかないことになる質問だ。
 自分のドジを呪いながら、言葉を探す。

「私にはヴェンとヴァニタスはふたつでひとつの心に感じるし……あの時は、Χブレードと一緒に消えるつもりだったから」
「あいつは俺だけど、俺はあいつじゃないよ!……いや、あいつだけど……でも、あいつの方が先に言われたって……!」

 あ〜っと唸りながらヴェンが頭を抱えた。……なんというか、さっきは王子さまみたいだったのに、すっかりいつものヴェントゥスだ。
 そう思うと自然と力が抜けて、笑いがこぼれてしまった。ヴェンが恨めしげに顔を上げる。

「どうして笑っているの?」
「ヴェンが可愛かったから、つい」
「かわいいって――男が言われても嬉しくないよ……」

 憮然と拗ねる顔。本当は照れ隠しだって、心を感じればすぐ分かる。

「そんなところも好きだよ。ぜんぶ、大好き」

 一度伝えて受け入れてもらったら、それほど難しくもなく「好き」と言えた。これからは、もっともっとたくさん言おう。

「…………俺も、」

 ヴェンの手が頬に触れ、ゆっくりと顔が近づいてくる。これから何が起こるのか察したとき、落ち着いてきた心音がまた大きく鳴りだした。視界がヴェンで埋まって、鼻先が触れそうになって、吐息すら感じそうになった距離で目を伏せる。


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