厨房は目まぐるしくシェフたちが働き、鍋は泡を出し、オーブンは煙を出し、戦場のようだった。空いている机にそっと皿を置くと、すかさず新たな料理を運ぶよう命令されてしまう。あのような料理がこのような場所から生まれてくるなんて、ちぐはぐな感じがした。

「あれ、ヴェン?」

 なんとか大きな皿を運び終えたとき、いるはずの場所にヴェンがいなかった。どこへ行ってしまったのだろう。いつかのディズニータウンほどではないが、どこを見ても人で溢れている。

「迷子になっちゃったのかな?」

 勝手ながら待っていてくれると思っていたので、予想外な出来事に不安になる。そわそわ周囲を見回しても、見慣れた顔はチラリとも引っかからない。

「ヴェン、どこ!?」

 このまま立ちすくしていたら、ますますメイドにされてしまう。仕方なく、城じゅうヴェンを探すことにした。

「テラとアクアのところへ行ったのかな?」

 オーケストラの演奏に合わせダンスをしている人たちの方へ行くと、何人もの男女がくるくると踊っていた。女性たちは綺麗だし、女性を導く男性は格好良くて、しばらくその光景に見とれてしまう。中でも、ひときわきらびやかに踊り続けるテラとアクアを見つけ、ため息がこぼれる。

「二人とも、とってもきれい――

 楽しそうに踊るふたり。あれでは、ヴェントゥスの行方は知らないだろう。名残惜しくも、そっと離れた。
 まさかヴェンに限って先に帰ってしまうことはないはず。こうなったら城の中をくまなく探そう。
 やれ「ワインを持ってきて」だの「料理が足りないわよ」だの命令されながら、大階段の方へ向かう。
 彼女たちに出会ったのは、やっと大広間を出ようとする寸前だった。緑色のドレスの女性と、桃色のドレスの女性の二人組――遠い玉座の方を睨みつけながら、ハンカチの端をギリギリと噛みしめている。

「やっぱり、シンデレラが王子様と結婚するなんて許せないわ」
「ええ」
「シンデレラ?」

 友達の名に思わず反応してしまったのが失敗だった。彼女たちが血走った眼でこちらを見る。

「あんた、ヒマそうね。今すぐ王子様をここへ連れてきなさい。あんな娘が選ばれるなんて、絶対何かの間違いよ!」
「王子様を連れてくるのが無理なら、わたしたちを王子様のもとへ連れて行くの!」
「えっと……?」

 言っている意味がわからず戸惑っているあいだに、ひとりに肩を掴まれ激しく揺さぶられる。

「あの娘、ガラスの靴なんて持っていなかったはずなのに!」
「いったい、どこで手に入れたのかしら?」
「絶対、後暗いことをしたはずよ!」
「王子様は騙されているんだわ!」
「あ、ああの、揺らさないででで」

 ガクンガクンと激しい律動でカチューシャが落っこちた。次第に気分も悪くなってくる。

「おい。やめろ」

 揺れが収まったのは、腕が掴まれたと感じるのと同時だった。強く引かれるまま女性の手を振り払って走り出す。

「あっ、ちょっと!」
「待ちなさいよ!」

 怒りの呼び声がしたが、黒髪、黒い服の少年について行く。


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