正面通路から大人たちが雪崩のようにやってきて、子どもである私たちに流れを逆らって進むことは難しかった。仕方ないので入場が落ち着いてから再度行こうということになり、大広間のはじっこ、ごちそうが並ぶテーブルのもとへ向かった。美しく着飾った人々、星をかき集めたかのように輝くシャンデリア、見るからに高そうな調度品にも感動したが、やはりこれに勝るものはない。
「絵本で見てたものよりすごーい!」
「フィリア、よだれ」
銀のトレイに並ぶ色鮮やかなオードブル、豪華に盛り付けられたメインディッシュ、宝石のようなデザートたちに、芳醇な香りを放つワイン。
おそるおそる皿にとって、ひとくちパクリと食べてみた。みるみる広がる幸せの味。
「〜〜おいしいっ!」
「フィリア、これも食べてみなよ」
ヴェンに差し出されたフォークもパクリ。ふわふわふわ〜と、どこかへ飛んでいけそうな味に体が震える。
「本当に、とってもおいしいね、ヴェン」
おいしい以上の褒め言葉を知らないので、感激のため息をつきながら、おいしいを何度も繰り返した。
「あ。フィリア、動かないで」
ある時、不意にヴェンが顔を寄せてきてドキリとした。口元近くをペロリと舐められて、一瞬惚け、すぐに正気を取り戻す。
「なっ、なんで!?」
「ついてたから。ん、これもおいしいな」
微笑むヴェンからキラキラキラーッと輝きが溢れて見えて、つい見とれてしまった。
ちょっと跳ねてるけど金の髪、青い瞳、爽やかで優しそうな笑顔に、上等な服……。
まるで、昔、絵本で見た王子さまみたいで、とても……。
「どうかした?」
「ひえっ!?」
ぼんやりしていたところへの囁きに驚いて、足元がふらつき転びそうになってしまう。ヴェンはいたずらが成功したかのようにクスクス笑った。
「フィリアの顔、耳まで真っ赤だ」
「ヴェン! からかわないで」
熱くなった頬を手のひらで冷ましていると、突然、とある紳士から食べ終わった皿を渡された。それがごく自然な仕草だったので、思わず受け取ってしまう。
「あっ?」
「待ってよ、この子はメイドじゃない!」
気づいたヴェンが大きめな声で言ってくれたが、しかし相手はさして取り合わずにパートナーとダンスをしてる人たちの方へ行ってしまった。
楽しかった雰囲気が、一転して気まずげなものになってしまう。
「私が、この服だから――」
「気にしなくていいよ。きっと、もうすぐ本物が片付けてくれるから」
唐突に恥ずかしくなってきてしまってうつむいた。料理の素晴らしさに失念していたが、周りの人には、私が仕事をサボっている使用人に見えていたのだ。
「こんなの平気。私、ちょっと厨房まで届けてくるね」
「フィリア? 待って!」
「すぐ戻るから!」
ヴェンの顔も見られず、皿を持って駆けだした。
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