「はい、押さないで。きちんと整列してちょうだい!」
お城の城門広場の噴水の前に、魔法使いのおばあさんフェアリー・ゴッドマザーが立っていて、魔法の杖を忙しく振り回していた。招待客は彼女に新たな服を授けられ、紳士はタキシードに、淑女は美しいドレス姿になって中へ進んでゆく。
「どんなドレスにしてもらえるんだろう?」
「フィリア、はぐれないように気をつけて」
ヴェンと強く手を繋ぎ、人だかりのなかぎゅうぎゅう押し合いながら、なんとかフェアリー・ゴットマザーの側へ。テラとアクアも見える範囲にちゃんといる。
「皆さんまとめていくわよ。ビビディ・バビディ・ブー!」
きらきらきらーと魔法の光が降りかかった。思わず目を瞑り、開いたときには テラは大人っぽい黒のタキシード、アクアは薄紫の華やかなドレス、ヴェンは白を基調とした正装になっていた。そして、私は――。
「……ドレスじゃない……」
黒いワンピースに、フリルのついた白いエプロンとカチューシャ。お城の使用人の服だった。ショックに落ち込む暇もなく「済んだ人は中に入って!」と人の波に流されて、城の中へ押し込まれてしまう。
やっと大階段の入口付近で落ちつきガッカリしていると、テラが視線を合わせるように私の前にしゃがみこんだ。
「フィリア、心を強くもつんだ。強い心を持てば、どんな辛いことだって乗り越えられる」
「テラ。それ、慰めになってないわ」
「シンデレラにはこう言ったんだが」
「そんなこと無理だって言われなかった?」
返事を詰まらせたテラに呆れ顔を向けたあと、アクアの顔が同じ高さになる。青い宝石が嵌められた髪飾りが綺麗だった。
「フィリア。もう一度フェアリー・ゴッドマザーのところへ行きましょう。せっかく舞踏会に来たんだもの、ステキなドレスを着たいわよね」
言葉も出ず、ただ頷く。ドレスアップした人たちのなかで、ひとり使用人の服でいることの惨めさや恥ずかしさは耐え難いものだった。
「おお、あなたがたは!」
アクアと正面通路へ戻ろうとした寸前、この国の大臣が人ごみかきわけやってきた。テラとアクアを知っているようだ。
挨拶もほどほどに、大臣はテラとアクアを大広間へ連れてゆこうとする。
「あの時のご恩は忘れてはおりませぬぞ。王子と花嫁があなた方にたいそう会いたがっておりました。ささ、どうぞ大広間へ」
「ありがとうございます。けど、その前に――」
横目でこちらを見たアクアに、ヴェンが答えた。
「だいじょうぶだよ。俺に任せて」
「そう? じゃあ頼むわね、ヴェン」
「うん」
ヴェンに手を掴まれ、二人から離れてゆく。完全に互いの姿が見えなくなる前に、テラの「10時には帰るんだぞ」という声が聞こえた。
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