三周目。
ボコボコに凹んだ道、ところどころ壊れたコースを進んでゆく。
そういえば、ゼムナスの姿見当たらない。棄権したとは思えないけれど、いったいどうしたんだろう。
「……サスー……クサスー」
カーブにはいったところで、フィリアが俺を呼ぶ声が聞こえた。応援してくれているのだろうか。姿を探すも、コースの周囲には観客はいない。
「ロクサスー」
だんだんはっきり聞こえてくる声。不思議なことに、近づいてきてるようだ。しかも、俺の背後から。
振り向くと、曲がったばかりのカーブの影から、先が赤いマシンが現れた。乗っていたのはやはりゼムナスと……。
「ロクサス!」
「フィリア!?」
フィリアがゼムナスのマシンに乗っていて、身を乗り出しながら俺に手を振っていた。
どうしてそうなった。頭が事態に追いついていない間に、ゼムナスのマシンが俺のマシンの横に並ぶ。
「どうしてフィリアが乗ってるんだ?」
「ゼムナスが、私が乗るならこのマシンにするって言うから」
「何か問題があったのか?」
「ゼムナスったら、目を離すとドラゴンで参加しようとするの。あれじゃあ、大きすぎてコースに入ることすらできないのに!」
フィリアが拗ねたように口を尖らせると、ゼムナスがくつりと笑った。褒められてないのに。なんだか妙な感じだった。
「飛ばすぞ。掴まれ」
「あ、うん。……んしょっ、と」
フィリアが頑張ってゼムナスの腰に腕を回す。体型差のせいで、頬までゼムナスの背中にぴったりくっつくように、だ。
「…………」
ゼムナスの満足げな含み笑いが気になる。こいつ、ワザとわがままを言ってフィリアを自分のマシンに乗せたんじゃないか?
「それじゃ、ロクサスもがんばってね!」
「あ……」
フィリアの言葉を合図にゼムナスがスピードを上げてゆく。俺も急いで加速してそれに続いた。
本当なら、スピードに特化した形であるゼムナスのマシンの方が速いのだろう。けれど、今はフィリアと二人乗りをしているため、俺のマシンでもなんとかついて行けていた。
会話している間にダッシュリングが設置されてあるエリアは通り過ぎていたので、これからは純粋なスピード勝負――もしくは、竜巻に呑まれたほうが負けになる。竜巻は、このマシンの性能なら注視するほど脅威じゃない。俺の勝率は低くはないはずだ。
……けれど。
今日のフィリアは俺専用のはずなのに、これじゃあまるでゼムナスに奪われたみたいじゃないか。このままゼムナスにゴールさせるのは、たとえ俺が勝ったとしても惨めなものに思えてしまう。
「――決めた」
ゴールまでに、ゼムナスからフィリアを奪い返して優勝しよう。
両手にキーブレードを呼び出した。バランスは難しいけど、なんとかなりそうだ。
膝を曲げ、スピードを更に上げる。再びゼムナスたちと並んだ。フィリアが俺を見て微笑みを浮かべ、すぐにきょとんと首を傾げる。
「ロクサス。なんでキーブレードを?」
「フィリア。俺、今から君を取り戻すから!」
「えっ?」
「面白い」
ゼムナスが太く笑った。
「ゴールまでに私からフィリアを奪えたら、君の勝ちだ」
「ちょっと、ゼムナスまでなに言って……」
ゼムナスが片腕を掲げると、スパークショットが飛んできた。高熱の赤い光線は俺のコートの金具を掠め、ヂッと嫌な音をさせる。
「俺だって!」
キーブレードを目標に向ければ、光の柱が狙ったとおりに現れてゼムナスの行く手を阻む。ゼムナスは器用に光の柱の合間を縫い進んで、再びスパークショットで反撃してきた。
「わ、きれい……」
乱れ散る赤と白の光の中、フィリアが呟く。確かに綺麗だ。どちらも触れたら火傷なんかじゃ済まないけれど。
光線を飛ばし合っていると、ついにコースの最後の障害、巨大な竜巻二つが見えてきた。残り時間はあと僅か。竜巻を超える前の、ここで勝負を決めなければならない。
マシンを傾けて、左に並んだゼムナスに闇の剣で斬りかかった。読んでいたのか、ゼムナスは右手に呼び出したエアリアルソードで受け止める。
「そう。勝負を仕掛けるならば、ここが絶好のタイミングだ」
ゼムナスが金の目を細める。こうなったら、バランスが崩れるが左の剣も――。
「君にとっても――――私にとっても」
「ぐっ!」
光の剣を薙ぎ下ろそうとする前に、ゼムナスのマシンが回転し、俺のマシンを弾き飛ばした。重量、バランス共に不利だった俺はあっけなく弾き飛ばされる。
「ロクサス!」
とっさにマシンに捕まったのでマシンから落ちずに済んだが、大きく遅れをとった。ゼムナスはすでに竜巻のひとつを超えようとしている。
竜巻の側は巻き上がる土煙で視界が悪いし、周囲の音も聞こえないんだよな。
俺はマシンを限界まで加速させ、勢いをつけて側壁に乗り上げた。ひとつ目の竜巻の影を超えたら、もう一度キーブレードを召喚してジャンプ。ふたつ目の竜巻を越えようとしているゼムナスに空中で回転しながら斬りかかった。
「ぬ!」
さすがはボス。背後からの奇襲なのに、ゼムナスは上体を捻って俺の剣を受け止めた。フィリアの頭上で鍔競り合う。俺はゼムナスのマシンのマフラーの上に立って、なお剣圧をかけた。
「まさか、マシンを捨てて乗り込んでくるとはな」
「もう時間がないからな」
いくらゼムナスが不利な体勢でも、俺の力じゃあマシンから叩き落とすことは無理そうだ。
「ゼムナス、前、まえっ!」
突然、顔を真っ青にしたフィリアが両手を頬に添えて叫んだ。マシンは最後のカーブにさしかかっていて、このままいくとコースアウト一直線だ。
ゼムナスが前方を横目で確認した時、ちょうど背後から追ってくる音を聞き、俺はフィリアの腕を引く。フィリアの驚いた声にゼムナスが気づいたようだが――
「俺の勝ち」
機体を蹴って背後へ跳び、俺たちは追ってきていたマシンに着地した。
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