そこは長い道路がいくつもある場所の待合室で、唸るような機械の音と花の香りで満たされていた。いったいどんなアトラクションなのか考えていると、フィリアが俺を見上げて説明する。
「ここは、ランブルレーシングってアトラクションなの」
「ランブル、レーシング?」
「待ちわびたぞ」
「いっ!?」
いきなり耳元へ吹きかけられた生ぬるい吐息に、全身がぞわわわわっと粟立った。いつから俺の後ろに立っていたのか――甘い低温で囁いてきのは、マールーシャだった。
「何するんだよ!」
「ふ……思ったよりは、早かったな」
「お待たせ。喧嘩しなかった?」
「ああ。まだ、な」
耳を掌で蓋をして叫ぶ俺を無視して、マールーシャはフィリアと会話を始めてしまう。なんだよ全く……からかわれたのか?
そういえば、マールーシャと一緒の班の奴って確か――――ちょっと辺りを見回すだけで、壁際にそびえる影二つ、残りのメンバーであるゼムナスとザルディンが突っ立っている姿を発見した。充満している花の香りはマールーシャの仕業だろうけど、俺たちが来るまで、筋肉質な成人男性が三人、ファンシーな密閉空間にいたのかと思うと……想像するだけで頬が引きつる。
「では、早速説明してもらおうか」
「わかった」
マールーシャに促されフィリアが数歩進んだので、俺たちの視線は自然とフィリアに注目した。
「このランブルレーシングは、簡単に説明すると、マシンに乗ってトラックを決まった周回だけ競争するゲームなの。一番最初にゴールした人が勝ち、逆走しなければなんでも有り!」
「なんでもって……相手の邪魔をしてもいいのか?」
「うん。むしろ推奨かな」
なんとなくした質問が、あっさり勧められる。思った以上に物騒なゲームらしい。
ずっと不満そうにしていたザルディンが、フンと大きく鼻を鳴らした。
「下らん。なぜ俺がゲームなど――」
「優勝者には賞品があります!」
フィリアが(アトラクションの机にあらかじめ隠しておいたらしい)抱えるほどに大きなガラスのケースを取り出すと、ザルディンの言葉は止まってしまった。控えめながら上品な装飾がされたガラスの中央には、仄かに輝く赤バラが一輪だけ収められている。
「それは?」
「これはね、とある世界の野獣さんがとっても大事にしてるバラの――」
「やろう」
ザルディンがコースの方へ歩いて行った。花が好きなんて聞いたことないけれど、欲しいのか。
「ほう。美しいな」
マールーシャもバラを気に入ったようだ。フィリアが嬉しそうに頷き返す。
「でしょ? 私も欲しいくらい」
「…………」
それを聞くと、ゼムナスもコースの方へ向かっていった。
フィリアに「ではな」と挨拶して、マールーシャも同じ方向へ去って行く。
三人とも、あのバラが欲しいんだろうか。俺は別に欲しくないけど……。立ちすくんでいると、フィリアがバラを机の上に置き、代わりに別のものを取り出した。
「ロクサス」
呼ばれて、車輪のついた白い板切れ――もとい、スケボーを渡される。
「これは……」
「ロクサスのマシンだよ」
「これが!?」
「トワイライトタウンから持ってきたの。使いやすいでしょ?」
確かにスケボーは得意だけど。って、いやいやいや。
「ごめん。俺、もっとマシンっぽいのがいい……」
あの三人が何に乗るかは知らないけれど、人力の乗り物じゃあ、たぶん不利すぎる。
「ん〜。じゃあ、これはどう?」
「あ、それなら」
次に渡されたのは、鳥が羽を広げたような形のマシン。年期が入っているようで、少し褪せた緑色をしているが、性能に問題はないようだ。
マシンの状態を確かめていると、フィリアがきょとんと首を傾げる。
「乗れそう?」
「ああ。ちょっと大きいけど、スケボーと同じ乗り方みたいだし」
軽く試し乗りしてみると、初めてなのになぜか妙にしっくりきた。このマシンなら優勝できるかもしれないという気さえする。
良かった、とフィリアが微笑んだ。
「今回は特別ルールで、一回だけシールドが設置してあるの。上手く利用してがんばってね」
手を振るフィリアに頷き返しながら、俺はスタートラインへ向かった。
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