THE 1st DAY



 いつからか、ある少年の夢を見るようになった。海に囲まれた島で友達と遊び、昼寝ばっかりしている茶髪のツンツン頭。友達とチャンバラをしたり、かけっこをしたり。遊びの内容はこちらとそう変わらない。

「またあいつの夢だ」

 寝起き頭で呟きながら窓を開く。
 トワイライトタウンの沈まぬ夕日の中、電車が走る音が聞こえてきた。隣駅の子たちが乗ってくる電車だろうか。

「みんな、もう来てるかな」

 時計を見たら、いつもより長く寝ていたようだ。ぐっとのびをして、出かける支度を始めた。





 今日は町じゅうからジーッとした視線が突き刺さっていて気まずさを感じていた。原因は窃盗事件。――――が盗まれたせいだ。奇妙なことに、それを指す言葉ごと盗まれている。その犯人に自分たちが疑われていた。
 普段仲良くしている人たちから「がっかりした」だの「それじゃあ誰がやったんだよ」だの、信じてもらえなくて辛かった。駄菓子屋のおばあさんだけは信じてくれたけど、やはり自分たちのように盗まれたものだけでなく、それを指す言葉まで言えなくなっていた。
 ハイネが苛立った口調で言った。

「泥棒はあちこちで――――を盗んだみたいだな」
「――――って言葉も一緒にね」
「普通の泥棒じゃないよね……」

 オカルト好きのピンツが青ざめた顔で目を輝かせている。怯えるか楽しむかどちらかにしてほしい。

「サイファーは何か知ってるのかな……」

 自分たちを犯人だと町じゅうに吹聴しているらしいサイファー。オレットのつぶやきに頷く。

「アイツと話さなくちゃな。よし、空き地に行こう!」

 空き地に到着すると不愉快な場面に遭遇した。自分たちのライバルであるサイファーとその取り巻きが、フィリアを取り囲んでいる。

「フィリア。今日こそいい答えを聞かせてもらおうか」
「それはもうお断りしたよね?」
「この俺様、直々に誘ってやっているんだ。『はい』か『イエス』以外は認めねぇ」
「やめろよ。嫌がってるだろ」
「あ?」

 困り笑顔のフィリアとサイファーの間に割り込むと、サイファーは不機嫌まるだしな表情になったが、その横でフウが「盗人」と指してくるしライは「許せんもんよ!」と睨んできた。失礼な。
 ハイネが怒って「なんだと!」と彼らを威嚇する。サイファーが「頭の悪い会話だぜ」と鼻で笑うとハイネはますますケンカ腰になって「なんだと!」と繰り返した。
 怒っているのはこちらの方なのに、サイファーはハイネを無視して自分へ怒りの眼差しを向けてくる。

「俺たちの――――を返してもらおうか」
「犯人はおまえしかいないもんよ!」

 サイファーは指をこちらに向けながら薄笑いした。

「盗まれたのは、おまえの敗北の決定的証拠だ。どうした? 燃やしたか? よく撮れたからフィリアに見せてやろうと思ったのによ!」

 ハハハ! と笑うサイファー。一方、フィリアは彼にばれないようにチョコチョコ離れ、隅へ移動していた。

「まあ、――――がなくなっても、過去は変わらないけどな」
「再現!」
「わははは、それはいい!」

 サイファーたちが身構える。思わずこちらも身を固くした。

「腹を見せて降参すれば、見逃してやらないこともない」

 バカにした物言いに我慢ができなくなり前に出た。きゃらきゃら笑うやつらの前にはストラグルバトル用のソードが転がっている。
 攻撃力が強そうな一本を選び抜き、拾って構える。察したサイファーも同じものを持ち、挑発するようにストラグルソードをこちらへ向けてきた。

「ロクサス!」
「ロクサス、おちついて!」

 ハイネとピンツの呼びかけに頷く。サイファーはこの町のストラグルバトル大会の優勝経験者であり、今年の大会でも優勝最有力候補だ。自分は何度か練習試合をしたことがあるが、勝率はまだそれほど高くない。
 ボールは付けてないけど、試合開始! 何度かストラグルソードをぶつけ合うと、サイファーがヘラヘラ笑った。

「おいおい! そろそろホンキだせよ!」

 チラッとフィリアの方を見ると、こちらを応援してくれているようだ。サイファーじゃなくて自分を見ている。ぐっと勇気がわいてくる。
 サイファーは余裕ぶった態度で隙だらけのように見せて、相手が殴りかかる瞬間に襲ってくる手法が多い。慎重に攻めこみ続けると、何度かポコポコ殴られながらも今回は勝つことができた。
 うぎゃあ〜! と情けない悲鳴をあげてサイファーが膝をつく。その後でキザったらしく「フン」と目を伏せたが、無様な悲鳴はごまかせていないぞ。
 ライとフウが彼をかばい「サイファーは調子が悪いんだもんよ!」とか「大会必来!」とか言っていたが、そんなことよりフィリアのことが気になった。

「フィリア、もう大丈夫」
「ありがとうロクサス。かっこよかったよ!」

 にっこり微笑まれて頬が熱くなる。
 親切で真面目なフィリアのことはこれまでもちょっと気になっていたが、最近変な夢を見るようになってからすごく気になるようになった。フィリアと瓜二つの女の子があの夢の中の男と一緒にいるからだ。

「サイファーの誘いなんて、きっぱり断っちゃえよ」
「断ってるはずなんだけど」

 ハイネに言われて、フィリアはまた眉を下げた笑顔になった。困っているなら助けてやりたい。

「フィリア。俺たちと一緒に来いよ。そうすればもうサイファーに誘われないだろ?」
「ロクサスたちと?」

 その時、ピンツが持っていたインスタントカメラを構えたのでそちらを向いた。シャッター音が鳴った途端に、白くてグニャグニャした生き物が素早くピンツのカメラを奪ってゆく。

「うわっ?」

 ピンツは何がおきたかわかっていないようだ。手の内からカメラを失ったことをワンテンポ遅れて確認している。

「なんだあいつ!」
「犯人!?」

 ハイネとオレットも驚いていた。すごく変なヤツだけど幻じゃない。大胆な犯行もろもろ様々なことに驚きつつ、さっさと空き地から去って行く後ろ姿を反射的に追いかけた。
 空き地を出て住宅街を通り、町はずれの森をぬける。奥にある古屋敷の門構えの前でそいつはウネウネ揺れながら立っていた。追っている最中から思っていたが、見れば見るほど不気味な仕草だ。なんだこれ。二本足で立っているけど人間でも動物でもない?
 近寄りたくはないがカメラを取り戻さねばならない。意を決し近寄ると唐突にそいつがしゃべった。

 お迎えに参りました。我らが主人よ。

「え?」

 見た目にとても釣り合わぬ、理性的で美しい声と口調。
 言葉の意味がわからず目を見張った。ウネウネの口元についているファスナーがジジジ……と開き、獣のようにグワッと開く。捕食する気か?
 自衛としてストラグルバトルのストラグルソードで殴りつけてみたが手ごたえがない。攻撃が効いていないというより、そもそも当たっていないようだ。すり抜ける感覚に驚いたがあちらからの攻撃は有効らしい。ペチッと殴られて普通に痛かった。

「だめだ……」

 攻撃がきかなきゃ倒せない。相当まずい状況に焦りだす。ひとりで追いかけなきゃよかった。ハイネ、ピンツ、オレット、フィリアはこちらを見失ってしまったのか、いまだ援軍がくる様子もない。

「何だ?」

 一度逃げようと思った時だった。突然持っていたストラグルバトルのストラグルソードに数多の光がまとわりつく。それらが消えた時、持っていたものはストラグルソードではなく、黄色い柄の大きな鍵になっていた。呆然としていると、「さあこれであいつを倒せ」と言わんばかりに、鍵の切っ先がウネウネのほうへ反応する。

「な、何だこれ?」

 今は悩んでいる場合じゃない。
 試しに鍵で殴ってみると、今度は手ごたえあり。ウネウネは吹っ飛んで、最後はぽしゅんと消滅した。ヤツが倒れた場所に写真がたくさん降ってくる。やはりアイツが犯人だったらしい。鍵も、役目を終えたと言わんばかりに消えてしまった。
 戻って仲間たちと確認すると、どうも見たことがある。いつか誰かと撮った覚えのある写真ばかりだった。

「“思い出の写真”なんだね――あっ……」

 発言できたことにオレットが息をのむ。写真と共に言葉も取り返せたようだ。本当に不思議な泥棒だった。
 あんな意味不明な犯人のことを話しても、みんなを不安にさせるだけ。写真が落ちていただけということにしたら、ハイネは「俺たちの疑いが晴れないぞ!」と憤慨していた。
 ピンツがハッとした顔で言う。

「ねぇ、盗まれた写真は――全部ロクサスが映ってるやつってこと?」
「そうか――だからみんな私たちを疑ったのね」
「サイファーが言いふらしたんじゃなかったのか――」

 オレットも頷き、ハイネの気持ちも落ち着いたようだ。

「ホントに俺の写真ばっかり?」
「うん」

 それからピンツが一枚ずつ見せてくれた写真は、駄菓子屋のおばあさんの店でアイスが当たった記念におばあさんとネコのチロも交えて撮ったもの、サイファーに負けた時の腹立つ一枚、みんなでオバケ屋敷前で撮った大切な写真であり、確かに全てに共通してる存在は自分だけだった。

「犯人が本当に盗みたかったのは、ロクサス自身だったりして!」
「バカなこと言うなよ」

 オカルトが大好きなピンツが思いついたように言って、ハイネがカラッと笑ってツッコミを入れた。

「こんな奴を盗んでも、なーんの役にも立たないだろ?」
「ひでー!」

 あはは、とみんなで大声で笑うと恐怖も吹っ飛んだ気がする。

「あ、でもロクサス。やっぱり一応、ストーカーとか気をつけたほうがいいよ」
「ピンツ、もうやめてくれよ……」
「だってさぁ……」
「はいはい。もうこの話は終わりにしましょう」

 オレットが、写真立てに幽霊屋敷前で撮った一枚を飾りなおす。折れたり汚れたりせずに取り戻すことができてよかったと彼女は笑った。確かこの時はフィリアがシャッターを押してくれたんだっけ。

「次はフィリアとも一緒に写真を撮ろうぜ」

 ハイネが言ったのでうなずくと、みんなからニヤニヤされた。なんだよ、みんなだってフィリアといっしょに撮りたいだろ。





 帰りに商店街へおつかいに寄るからと、ハイネ、ピンツ、オレットが先に帰った。ついでに写真を被害者へ返しに行ってくれるらしい。
 自分も帰ろうとして、いつもの場所から出たら夕日が眩しくて目がくらんだ。目を閉じた時、頭の中で少年の声がした。誰かと訊ねたが「そっちこそ」と言われたところで意識がとぎれる。




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