いろんな衝撃を受けたトラヴァースタウンの最後の扉を開くと、まるで夢から覚めたよう。あの真っ白の城の中に繋がっていた。
 白い世界の中央にあの黒コートが待ち構えている。表情は見えなくても笑っているように感じた。
 みんな、とっさに戦闘態勢になる。攻撃魔法は使えないけれど、自分も身構えた。

「どうだ? 記憶の幻影との出会いを楽しめたか?」
「みんなに会えたのはうれしいさ。で、そっちは俺をどうしたいんだ」
「これから試す」

 ソラの問いに答えた男がこちらへ近寄ろうとしたとき、闇のもやもやが黒コートの男の背後に現れて、ツンツンの赤髪の若い男が現れた。目の前の男と同じコートを着ている。赤髪はまるで友だちのように馴れ馴れしく「よお」と挨拶してきた。
 黒コートの男が足を止め、振り向かないまま「なんの用だ」と赤髪へ問う。

「ひとりじめはないだろ?」

 黒コートの男は少し黙った後、青いカードを赤髪へ投げ渡した。赤髪の男はニヤッと笑う。

「興味があるなら、おまえが試せ」

 そう言い残して、黒コートの男は消えてしまった。赤髪の男はポケットにカードをしまいながらこちらへ話しかけてくる。

「というわけだ。キーブレードの勇者! 俺は? そう、アクセルだ。記憶したか?」
「え……ああ」

 アクセルは“記憶したか”のタイミングで、こめかみに指先をチョンチョンあてた。挨拶に自己紹介、敵意の感じられない対応に、ソラはちょっと気圧されているみたい。

「そっちは?」
「えっ──?」

 アクセルは今度はこちらへ訊ねてきたので驚いた。訊かれるとは思っていなかったので反射的に頷くと、アクセルはちょっと笑みを消してつまらなそうに「ふぅん」と呟いたあと、すぐにニヤリ顔に戻る。

「いいねえ。おぼえが早くて。さーて、ソラ。せっかく記憶したんだから──」

 男が両手を左右に広げると、炎が踊って両手にひとつづつチャクラムが出現する。チャクラムは円がいくつも複雑に組み合わさった形をしており、銀色に光る刃たちはどれも切れ味が鋭そう。

「そう簡単にやられるなよ?」

 挑発的な笑みを浮かべて、一気に襲いかかってきた。



「来いよ、俺が消してやる」

 手首をゆらゆらさせてチャクラムを揺らしたかと思えば、一瞬で距離をつめて背後をとり襲ってくる。初めは逃げ惑ってコゲコゲになっていたソラだったが、次第に相手の動きが読めてきたようだ。反撃をするようになってきた。

「炎に焼かれろ!」

 チャクラムはアクセルの意のままに、炎の軌跡を残しながら飛び回る。あっという間に炎に囲まれたり、目くらましされたり、厄介だ。
 ブリザガが使えれば、こんな炎なんて消せるのに。もどかしい気持ちでいると、姿が隠れるほど大きな炎の向こうでソラがチャクラムを弾き飛ばしたようだった。回転しながらチャクラムがこちらへ飛んできている。このままじゃ刺さるかも。周囲は炎でとっさに逃げられなかった。
 思わず目を瞑って頭を守ると、何かに包まれた。なにかと思って目を開けば、保護するようなかたちでアクセルに抱きしめられていて仰天する。彼は自分にチャクラムが刺さる前に受け止めてくれたようだ。

「あぶね。おい、ケガはねえか?」
「え、どうして……?」

 見上げれば安堵の息を吐いている姿に混乱する。ソラには遠慮なくチャクラムを投げまくっているのに、ソラの仲間である自分は守ろうとするなんて、いったいどういうつもりだろう?

「今はロクに戦えないんだろ。あっちに行ってろよ」
「あっ、おまえ。フィリアに何してるんだ!」

 ポカンとしている間に隅っこへ追い払われてしまった。すぐに炎を払ったソラとアクセルの戦いが再開される。
 離れて観察できる位置に立つとふたりの状態がよく見える。アクセルはソラの背後に回ってもすぐに攻撃しなかったり、チャクラムを投げるぞっという素振りをしてから投げていたりと、全力を出していない様子が気になった。

「どうだっ!」

 ソラが大きく振りかぶってアクセルをキーブレードで叩いた。アクセルが「勘弁してくれよ」と言った瞬間、彼の姿は消えて、あの青いカードが5枚ソラの頭上から降ってくる。
 カードを拾い集めたソラへ、グーフィーが話しかけた。

「それって、カード?」
「ふむ、トラヴァースタウンを生み出したカードと同じ種類のものらしいね」

 ジミニーもソラのフードから顔を出す。ソラはカードを眺めながら頷いた。

「こいつを使って進めってことか──」
「正解だ」

 アクセルの声が答えたので、みんなで驚いてそちらを見ると、壁に背をあずけ、腕を組んだアクセルが笑っていた。ドナルドがグワッ! と叫ぶ。

「アクセル!?」
「名乗った直後にやられちまうほど、俺はマヌケじゃないってことさ」

 ひょうひょうとした様子でアクセルは再び目の前に立った。ソラは臆せずアクセルに話す。

「試したってことか?」
「そいつも正解。合格だよ、ソラ。おまえには力がある。この忘却の城を歩む力がな。心に焼きついた思い出と、忘れかけた大切な記憶に導かれて──大切な存在とめぐりあう」

 妙に演技がかった台詞だと思った。この人たちのシナリオに乗せられているような──。
 グーフィーが一歩身を乗り出す。

「王様やリクに会えるの?」

 それにアクセルはフッと笑うだけ。

「自分にとって、いちばん大切な相手は誰なのか。もう一度よく考えてみるんだな」

 アクセルはソラに向けて言っているのに、まるで自分に言われたように気持ちがざわめく。

「本当に大切な想いほど心の奥にしまいこまれて、思い出せなくなる。そういう思い出がおまえにもあるはずだ。ソラ」
「俺にも?」

 意外そうにソラが訊ねかえす。

「おまえは闇の中の光を見失い、見失ったことさえ忘れてる」
「闇の中の、光──」

 連想するのはキングダムハーツ。ソラたちと出会う前の人生にはあえて目をそらして生きてきた。なにか、とても大切なことを忘れていようとも──。

「教えてやってもいいんだぜ」

 アクセルがソラへ手を差し出す。ソラはしばらく沈黙していた。グーフィーが訊ねる。

「ソラ。どうするの?」
「そういうのは、自分で確かめる。邪魔するなら──」

 キーブレードを構えたソラよりも、ドナルドが前に出た。

「いーや! 邪魔なんか、させないぞ!」

 今にもドナルドが杖で殴りかかってきそうな剣幕で迫っているというのに、アクセルはどこか満足げに笑っていた。

「いい答えだ。それでこそキーブレードの勇者ってなもんだ──でも、警告はしておく」

 とたんに彼の声が低くなったので、思わず耳を澄ます。

「眠っていた記憶がめざめる時。おまえは、おまえじゃなくなるかもな。そこにいる、フィリアと同じにな」
「待って。私の過去を知ってるの?」

 考えるより先に質問していた。アクセルはチラリとこちらを見て、何も答えないまま薄笑いで消えてしまった。

「なんなんだ、あいつ」

 ソラはキーブレードを消しながらいぶかしんでいる。

「フィリアは、アクセルと知り合いなの?」
「……ううん」
「思わせぶりなことを言って、惑わそうとしてるんだよ」

 グーフィーに答えると、ドナルドはプンスコと言う。不安から、胸に手をあてて考えた。これまで自分の過去を知っている素振りを見せた人はマレフィセント、アンセム、そしてアクセルで、どれもソラの敵となって立ちふさがった人ばかり。もしかして、自分は悪人だったのだろうか。

「今の私はかつての私じゃなくて──思い出したら、私は私じゃなくなってしまう……」
「考えすぎだって。どんな過去があったってフィリアはフィリアだろ」

 ソラに微笑んでもらえると、少しだけ気持ちが軽くなるが、やはり胸のつっかかりは簡単に取れそうもない。

「アクセルたちの仲間ってほかにもいるのかな」
「またアクセルと戦うことになったら、僕にまかせてよ」

 グーフィーとドナルドが奥の扉の前へ進んでゆく。
 足が重い。これ以上この城の先へ進むのが嫌で、怖くて、憂鬱だった。




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