扉は取っ手を押しても引いても開かず。ソラが「そういえばこのカード」とカードを扉に近づけると、カードが輝いて扉が自動で開いた。
扉の中は室内だったのに屋外──しかも、夜の街。見たことがある石畳。クセのある折れ曲がった造りの電灯──トラヴァースタウン。ひょっとして、城はトラヴァースタウンの中に建てられていたのかと思ったが、しかし、あの城をトラヴァースタウンでは見たことも聞いたこともなかったとも考える。
「どうなってるんだ……? トラヴァースタウンじゃないか!?」
「トラヴァースタウンに、お城なんてなかったはずなのに……」
ただ見た目がそっくりなだけではない。トラヴァースタウンで感じた空気のにおいとか、生活音とか、虫の鳴き声などの全てが、知っているトラヴァースタウンと同じだった。
「真実の光景ではない」
「きゃっ!」
横に先ほどの黒コートの男がいた。びっくりしてソラの側へ走ると、黒コートの男はまたあの力で一瞬で街の奥側へと移動し、ソラを指す。
「あのカードに宿った、おまえの記憶から生み出された、幻の街だ」
「俺の記憶だって……?」
ここまでリアルな幻を造れるなんて、どんな魔法なのだろう。敵と相対している時なのに珍しく、ジミニーがソラのフードから飛び出てきた。
「そんなことより、ソラ! フィリア! ふたりがいないぞ!」
「えっ、ドナルド? グーフィー? どこだ? どこにいるんだ!」
慌ててソラと一緒にタルの後ろまで探してみるも、ドナルドとグーフィーの返事はない。確かにソラと自分の間で、二人もこの部屋の中に入ったはずだったのに。
ソラは黒コートの男に向き直った。
「おまえのしわざか!? ふたりをどうした!」
「彼らはカードに支配されている。助けを借りたいのなら、カードを使いこなすことだな」
それから、怒ったソラが黒コートの男に斬りかかり、ちょっとした戦闘になった。黒コートの男は終始ソラを観察しているようで、反撃もせずあしらっている。
魔法を使えない自分には戦う力がない。物陰に隠れ、せめてソラの足をひっぱらないようにするしかない。
戦闘が始まってから数分とたたず、背後から足音がした。どこから現れたのだろう。ドナルドとグーフィーだ。
「ソラ!」
声をかけると、ソラは黒コートの男と距離を置き、こちらへ駆けてくる。
「みんな大丈夫か? いったい何があったんだ?」
ドナルドは不機嫌を隠さず、プンスコ怒った調子で言った。
「聞きたいのは僕らの方だよ。ソラが扉を開けたら変な光につつまれて──何がなんだか、わからなくなっちゃったんだ」
黒コートの男は、ふたりはカードに支配されていると言っていた。痛かったり、苦しかったりしていないことには安心したけれど、不本意な状態であることには変わりない。
ジミニーもソラの足元でピョコピョコ跳ねる。
「困ったな。かんじんなことを忘れていたら、ジミニーメモに記録できないじゃないか」
その時、グーフィーが何かにぎょっと驚いた。
「ねえねえ、変だよドナルド! 僕らのかっこうを見てごらんよ」
「あれ? あれれ?」
言われて、ドナルドもグワグワと己の姿を確認した。ふたりともいつもの戦闘服ではなくて、出会った時に着ていた服だったが、本人たちの意志ではなかったようだ。
「僕たち、いつのまに着がえたんだろう?」
「これもカードのせいなのか」
ソラが黒コートの男に向き直った。黒コートの男は「想像に任せよう」と機嫌のいい声で返事をする。
「この城では、おまえはひとりでカードを使いこなして進まなければならない」
「ひとりで!? ひどいや、ソラがかわいそうだよ」
「そうだそうだ! 僕らがついてないと、ソラはなんにもできないんだぞ!」
グーフィーとドナルドが黒コートの男に抗議したが、誰よりもソラがプクッと頬を膨らませ「そいんなことないって!」とふたりに言った。グーフィーが改めて「……大丈夫?」と訊ね、ソラは「大丈夫!」と答える。まるで親子みたい。
「おまえの言う通りにしてやる。俺なら、ひとりでも平気だ」
男はふっと笑った。
「勇者らしい言葉だな。では進むがいい。この忘却の城で、おまえはかくされた記憶をたどり、大切な存在とめぐりあうだろう」
ゲームスタート。男は闇に包まれて消えた。
ジミニーがソラの足元でああ……と嘆く。
「まんまと、たくらみに引っかかったような気が……」
「うん……」
あの人が本当にアンセムのようなハートレスだったなら、この先にいいことばかりが待っているとは思えない。
「安心しろって。変な小細工されたってどうってことないさ。カードを使いこなすぐらい簡単だって」
こちらの心配をよそに、ソラは意気揚々とカードをポケットから一枚取り出した。
「あそこの扉の前で、またカードを使って、先に進めばいいんだろ」
まるで家電の取り扱いを覚えたかのように、あっけらかんと言うソラ。自分としては早くここから出てゆきたいのに、どんどん雁字搦めにされてゆく状況にため息しかでなかった。
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