新しい道は、進んでいくうちに緑が減って、青空も見えなくなって、最後にはアンセムと決戦したあの場所と雰囲気が似ている暗くて不気味な道になった。

「この道、寒い気がするよ」
「本当に大丈夫かな?」
「ちょっと、怖い……」

 口々に感想を言いつつも、先頭のソラが迷いなく進んでいくのでついてゆくしかない。そしてついに緑色の屋根と散りばめられたステンドグラスの窓が印象的な、奇妙な形のお城にたどり着いた──。

「ここ──」

 その城を見た時、ゾクッと背筋が冷たくなった。気づいたドナルドとグーフィーが「どうしたの」と心配してくれたが、この気持ちをなんて伝えたらいいのか。この場所を知らない。けれど、ここにいたくない。いてはいけない。離れたいと思っていた。

「あっ、ソラ」

 そうこうしているうちに、ソラが建物の扉を開けてしまった。隙間から見える内装は城の外側とはまた雰囲気が違っていて、どこを見ても純白で統一されており、オリンポスコロシアムのような柱と、上品な絨毯、繊細な彫刻等、汚れひとつない美しさだった。

「誰か住んでいるのかな?」
「呼び鈴はないぞ」
「ソラ、待って……」

 呼び止めるも虚しく、ソラはするっと足を踏み入れてしまったので、ドナルドとグーフィーも入ってしまった。しばし城の入口でひとり、もだもだと悩む。
──この城に入りたくない。けれど置いて行かれたくもない。しかし仲間たちは一向に出てこないため、嫌々ながら自分も城の中へ入った。鼓動が早まり、冷や汗が流れる。

「え、だれ……?」

 数秒で耐え切れず、やはり外に出ようとして──いつからいたのか──自分の横に黒コートを着た男が立っていたことに気がついた。フードの隙間からは整った鼻や口元だけしか見えない。男はフッと笑み、筋肉質な片手で扉を閉めてしまった。

「おまえ、さっきの! フィリア。そいつから離れて!」

 扉がしまる音でこちらを向いたソラが、男を睨みつけキーブレードを構えたことで初めてこの男は敵である可能性に気づき、慌てて仲間の元へ走った。ドナルドとグーフィーも臨戦態勢になっている。

「ハートレスだ! よーし、僕の魔法で!──ファイア!」

 人の姿をしているハートレスって、アンセム? ハートレスなら自分に襲いかかってくるのでは? このお城の住人では? だとしたらこちらが侵入者で叱られてしまうのでは。
 ちんぷんかんぷんのまま成り行きを見守っていると、ドナルドは発言の割に一向にファイアを撃たなかった。

「──あれ? ファイア! ファイア!」

 場がしんと静まり返る。普段は彼の「ファイア」のひと言で軽く十数発は具現する火の玉が、いまはひとつも出てこない。何度も杖を振りかざす姿に本当に撃てないのだと知る。
 ドナルドが困り顔になった。

「えーと、ブリザド! サンダー!」

 いくつも唱えて行くが、魔法はひとつも具現しない。
 黙ってこちらを見ていた黒いコートの人物が数歩こちらに寄ってきて、みんなビクッと身構えた。

「魔法が使えないよ!?」

 自身を誇る時「天才宮廷魔導師ドナルドダック」と自称する彼にとって、魔法が使えないなんてどれだけショックなことか。やはり、ドナルドは涙目になっていた。

「まだ気づかないのか?」

 黒コートの男が口を開いた。低くて威厳のある大人の声だ。

「この城に入った瞬間に、おまえたちは技も魔法もすべて忘れ去った」

 そんなこと本当にあるのだろうか。実際に魔法を具現しようとして、ドナルドと同じ結果に終わった。あんなに努力して覚えたのにショックだ──。

「手に入れるかわりに失い、失うかわりに手に入れる。それが『忘却の城』だ」
「忘却の城──」

 ソラが気になる単語を繰り返す。次の瞬間、男の姿が闇に包まれ消えてしまって、静かにこちらの背後──城の奥へと続く方向へ出現した。あれには見覚えがある。リクがモンストロとネバーランドで世界から離れるときに使った力だ。
 男は淡々と説明を続けた。

「この城でおまえたちは、なつかしい人物と──大切な人物と出会うだろう」
「大切な──? リクか!? リクがここにいるのか!?」
「会いたいか? 会いたければ──」

 男が手をこちらに向けると、花びら混じりの突風が吹き、まるでおばけのように男がソラを素通りした。攻撃──? ソラが怒って男に斬りかかるも、男の姿は先ほどと同じように消えて、今度はこの部屋の最奥にあった階段上の扉の前に現れる。
 ソラは近くまで走り、男を睨みつけた。

「こいつっ!」
「おまえの記憶にふれただけだ。そして、作り出した」

 男はなにかのイラストが描かれた青いカードを取り出し、見せつけてくる。

「大切な存在に再会したければ──」

 ソラに向けてカードを投げてきた。ソラはカードを受け取り一瞥し「なんだよ、このカード」と男に問う。

「それが再会の約束となるだろう」

 入るだけで技も魔法も忘れる城と、記憶から作り出したカード。それが大切な存在との再会の約束になる──?
 男の発言をまとめてみたが、さっぱり意味が分からない。

「カードをかざせば扉は開き、新しい世界が広がる」

 そうして、男はどうぞと言わんばかりに城の奥へ続く扉への道を譲ってくる。

「進むがいい、ソラ。手に入れて失うために。あるいは失って手に入れるために」

 言うだけ言って、男はまたあの力で消えてしまった。
 しばしの沈黙。今更になって思い出す。自分はオリンポスコロシアムであのコートを着た男と会ったことがあった。しかし、今の男とは違う声だった。大人の男の人が全く同じコートを着ているなんて、仲良しか──流行っているとか?
 あの時の男は自分のことを、今の男はソラのことをよく知っていて、待っていたようだった。こちらはあちらのことなど知らないのに。そこまで考えてゾッとする。
 一方、やはりソラはこの城を進む気でいるようだ。

「行こう、みんな」
「待って」

 何度目かの「待って」はやっとソラに届き、彼は「どうした?」と訊いてきた。

「怪しいよ」
「怪しいって……まぁ、怪しいけどさ。このままじゃ俺たち、忘れただけだぜ。帰れないよ」

 いままでソラの決意を説得で変えることはできたことがないが、それでも言わないといけないという気持ちに後押しされる。

「ソラ。本当にあの黒コートの人の言うこと、きくの?」
「だって、リクに会えるかもしれないんだぞ」

 素直すぎるソラの言葉を、首を横に振って否定した。

「そんなこと、あの人は言ってない。大切な存在に会えるって言ってるだけ」
「リクは大切な存在だ。フィリアにだってそうだろ」
「それはもちろん、そうだけど──あとね……」
「なに?」

 ソラの不機嫌そうな表情に、内心たじろぐ。これから先は自分のワガママというか、駄々っ子な言葉だからだ。
 ぎゅっと手を組んで、思い切って言った。

「私、ここにいたくない。ここが嫌なの! 先になんて進みたくない」
「えっ、えぇ……?」

 やはりソラは戸惑うような、困惑した表情になってしまった。

「どうしたんだよ。フィリア。普段はそんなこと言わないのに……」
「ごめんなさい。でも……どうしても、ここに居ちゃいけないって気持ちになるの」

 申し訳なくなって俯くと、ソラがう〜〜んと唸り、ドナルドとグーフィーにポソポソ言った。

「フィリアがこんなに嫌がるのって珍しいよな……」

 意見を求められたふたりも、ソラと同じ長さでう〜〜んと唸った。

「フィリア。せっかく来たんだし、ちょっとだけ調べてみない?」
「王様とリクがいないって分かったら、すぐに脱出しよう!」

 ねっ? とみんなが小さい子を宥めるように言ってくる。

「…………わかった」

 こちらを慮るように妥協案を出されてしまっては、それ以上は反対しても気持ちがすれ違うだけ。少数派はしぶしぶ頷くしかなかった。





★ ★ ★





 闇の中で目を覚ましてから、呼びかけてきた声に従って、カードを使い現れたホロウバスティオンの世界を探検していた。
 幻想と言われたが、世界の全てが現実と相違ない──奇妙な仕組みだ。記憶から作られた世界なら、この世界で戦ったソラや自らホロウバスティオンへ連れてきたフィリアになら会えるかと淡い期待を抱いたが、出会ったのは二度と顔を見たくないとまで思っていたマレフィセントのみ。暴れ狂うドラゴンと化した魔女を倒したところで、その世界は終わってしまった。
 部屋を出て、呼びかけてきた声の正体であるアンセムと対峙する。自分が知っているヤツの姿はよぼよぼのローブ姿だったが、自分の体を乗っ取った時の若い男の姿だった。
 しつこくまた体を操ろうと狙ってくるので追い払おうとしたが、返り討ちにあった。闇の力がないと、これほどまでに弱い自分に苛立つ。
 無理やり屈服させられそうになった時、王様の声と共に小さな光が届いて、胸の中に入ってきた。ほんのりとあたたかい。

「信じるんだ。光は決して君を見捨てない。君が闇の底にいても、光は届く!」
「わかった」

 心を奮い立たせ、アンセムと対峙する。

「負けられないよな。闇なんかに」





 To be continue... 




原作沿い目次 / トップページ

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -