ハートレスの船の包囲網を突破し、たどり着いたホロウバスティオン。逆巻く滝の底の中心にセーブポイントが繋がった。
グミシップから降りて着地するなり、グーフィーが正面を指し「ねえ、見て見て!」と声を上げる。静かにたたずむ荘厳な城が目に入り、心臓が跳ねた。
「俺、ここ知ってる……」
「あれ? 変だねえ」
ディスティニーアイランドからこれまでの世界しか知らない自分にあるはずのない既視感。
「知ってるはずないんだけどな。胸の、このあたりがあったかくなってさ……」
とくとく高鳴る己の胸元にそっと手を置く。そういえば、ジェーンの映写機で見た城が、たしか──
「おなかが空いてるんだよ」
「あのなあ!」
「シドから貰ったお菓子でも食べれば」なんて、さっさと進むドナルドの背を追いかけながら、浮遊する岩の上を飛び移って城に近づいてゆく。
もうすぐ正面玄関が見えてくるという頃に、滝の音にまぎれリクの声が響いてきた。
「船もなく、ハートレスの力も借りず、どうやって来たんだ」
対峙していたのは大人よりも大きくて、ツノや牙を生やした二本足の獣だ。茶色で毛むくじゃらな身体を薄汚れた紫色のマントで包み、下肢にズボンを履いている姿は人間のよう。
「私は信じた。ただそれだけだ」
見た目に似合わず、理性的な声が低く唸るように答えた。
「私たちの世界が闇にのまれた、あの時──さらわれたベルのもとへ私も行くと誓った。そして私はここにいる。ここに必ずベルがいると信じている。ベルを返してもらうぞ!」
「力ずくで奪ってみろ!」
挑発にのったビーストが吠えて、リクに襲いかかる。太くて鋭い爪をもつビーストの攻撃に怖気もせず、リクはひらりと後方に回避し、助走をつけてソウルイーターでビーストを斬った。ビーストの身体がゆっくりと倒れてゆく。
「やめろ、リクッ!」
会話の内容とまっすぐな青い目から、このビーストはとても悪者には思えなかったし、リクが誰かを傷つける姿なんか見たくなくて、思わず二人の間に割って入った。
「ソラ。遅かったな。待ってたんだ、おまえを」
一方、リクは自分たちがいることにとっくに気づいていたらしい。さして表情も変えず、不自然なほど落ち着き払った様子で話し始めた。
「俺たちはいつも何かを取り合ってた。おまえは俺のものを。俺はおまえのものを」
「リク────?」
「でも、もう終わりにしようぜ。勇者は二人要らないんだ」
「何が言いたいんだ、リク」
不穏な会話の流れに焦れると、リクが暗く笑う。
「キーブレードが答えてくれる。本当の勇者が誰か!」
リクが何かを掴むような仕草でこちらに向かって手をあげた。途端に右手に握っていたキーブレードが震えだし制御できなくなる。それでも抑えつけようとしたら、ついに光になって消えてしまった。
「あっ!?」
「ウソ!?」
「ええっ!?」
こちらが驚いている間に、リクの手に先ほどまで自分が持っていたキーブレードが現れる。リクはキーブレードが手に収まった事実をまじまじ見つめてから、勝ち誇った顔をした。
「マレフィセントの言ったとおりだ──おまえにはフィリアを守ることも、カイリを救うことも出来ない」
いつものようにキーブレードを出そうと願っても、キーブレードは応えてくれない。
「秘密の扉を開き、世界を変えることが出来る本当の勇者だけが、キーブレードを使いこなせる」
「それが、おまえだって言うのか──? 俺は今までそのキーブレードで戦ってきたんだ!」
「俺に会うまでの暇つぶしだったのさ」
そんな。言葉を失うこちらを見て、リクは懐かしい物を取り出した。故郷で毎日のように使っていたチャンバラの木剣──。
「ソラ、おまえの出番はもうない。このおもちゃで勇者ごっこがお似合いだ」
リクが放り投げた木剣が、乾いた音をたてて足元に転がってきた。
今までやってきたことが瓦解する絶望感に膝をつく。リクはそのままプイと背を向けて城の方へ歩き出した。それにドナルドが続く。
ドナルドは足を止め、振り返った。
「グーフィー、行こう。王様の命令だろ!」
「あっ! そりゃ鍵を持ってるのはリクだけど──でも──」
僅かな間の後、ドナルドが再度歩きだし、その数秒後にグーフィーも歩き始める。
待って、行かないでくれ。
「ソラ、ごめん!」
ドナルドはそれきり振り向かずに、グーフィーと共に行ってしまう。ふたりの足音はどんどん遠ざかってゆき、次第に聞こえなくなって、残ったのは滝の音だけ。
キーブレードを失い、仲間も失った。もう自分には何も残っていない。何もできない。
泣きそうになって、必死に堪える。どれだけそうしていただろう。しばらくして、近くで倒れていたビーストが目を覚まし、苦しそうに呼吸をしながらも足を引きずって歩き始めた。しかし、彼は数歩進んだところでまた倒れて、再び起き上がろうともがく。とても放っておけなかった。
「動いちゃダメだ。そんなケガで──」
ビーストは鋭い目つきでこちらを見やり、また前を向いた。ケガが痛むのか表情が歪む。
「おまえは、何のためにここに来た。私は戦うために来た」
彼からポタポタッと垂れたものを見た。血だ。
「たったひとりでも、できることはある。私はそのためにここへ来た」
自分は何のためにここへきた?
「誰が何て言ったって。私たちは、ソラががんばってきたことを知ってるからね」
「ん?」
「キーブレードの勇者としてみんなを助けてきたこと!」
キーブレードはなくなってしまったけれど、まだ助けたい人が──会いたい人がいる。それはキーブレードがなくたって、できないと決まったわけじゃない。
「……俺だって」
彼女たちの顔を思い出し、勇気を奮い立たせる。
無いよりはマシだろう。落ちていた木剣を拾い、彼に続く。
「カイリとフィリアに──たいせつな人たちに会いに来たんだ」
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