荒野の風がいつもより弱い。ヴァニタスは大きな岩の上に立って目を閉じていた。
――そろそろ、試してもいい頃か?
ヴェントゥスたちが三つめの世界を旅立った。気持ちは、計画通りいい感じに曇っている。先の世界では、ゼアノートが智恵を与えてやったあの魔女を退けたようだ。以前、ヴェントゥスの戦いぶりを見たときはあまりの弱さに困惑すら覚えたものだが、少しは成長しただろうか。
薄っすらと目を開く。もし弱いままだったなら……いっそ消してしまおうか?
流れてゆく雲を見上げながら、フィリアのことを思い浮かべる。ヴェントゥスを目の前で失ったら、フィリアは一体どうするだろう。絶望して泣き喚く? それともあの顔を憎悪に歪ませて、自分を消そうとしてくるだろうか?
それはそれで面白い。くすりと小さな笑みを零した後、ヴァニタスは目の前に闇の回廊を出現させた。
★ ★ ★
背中に回っている力がピクリと強まり、ヴェントゥスは腕の中にいるフィリアを見た。表情は兜で見えないが、なにやら落ち着かない様子で異空の回廊を見回している。どうしたのか声をかけようとしたとき、気が付いたように後ろを向いた。
「ヴェン、あれ……!」
「……あ!」
言葉とともに、何かが自分たちの横を飛ぶように追い抜いていった。それは、見間違うはずがない――あの日自分の部屋に現れた、仮面をつけた少年だった。
少年はくるりとこちらを振り向くと、そのまま異空の回廊の奥へ飛んでいく。来れるものなら、追いかけて来い。そんな誘いだった。
「あいつ!」
あんな挑発をされて、引き下がるわけにはいかない。あの時の言葉の意味を、今度こそ問いただしてやる。
「追いかけるの……?」
速度を上げるために姿勢を低くすると、フィリアが不安そうに訊ねてきた。
「ああ。あいつが何を知ってるのか、確かめたいんだ」
「…………うん」
ためらいを含んだ承諾とともに、マントが控えめに握られる。
少年が消えた方向へ進んでゆくと、しばらくして一つの世界が見えてきた。
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