闇の世界に現れたエンチャンテッド・ドミニオンで、テラとヴェントゥス、フィリアの幻影を追いかけていた。
幻を虚しく追いかけるのはもうこれで何度目か。それでも、一瞬だけでも会いたい。会わせて。もう一人は寂しすぎる。
追いかけて、追いかけて、追いかけ続けた先で三人は足を止め、こちらに背を向け立っていた。
これまでも幾度となく手が届く瞬間に消えていった。どうせ今回だって消えてしまうと傷つきたくない心が囁くも、どうしても諦めきれない己の弱さが彼らの名を呼ばせた。
「テラ、ヴェン、フィリア──」
すると、唯一テラだけが振り向いた。
「アクア、俺は──」
これまでも話す幻影には会った。けれどエンチャンテッド・ドミニオンではテラと会っていないはず。ならば世界の記憶ではない──?
「テラ、話せるの?」
問うと、あちらも驚いた。
「俺が見えるのか?」
反応がある。これはいつもの幻影ではない。心の底から喜びが溢れだした。
「もちろん! ヴェンもフィリアも見えてるわ」
するとテラはふたりから全くずれた方向をキョロキョロ見る。
「ヴェンもフィリアも──ここにいるのか?」
「テラどうしたの。あなたには見えないの?」
「ここは──どこだ──」
「闇の世界に呑みこまれたエンチャンテッド・ドミニオン」
「世界は──闇に飲まれたのか──」
テラは光の世界にいるはずで、光の世界ならば自分よりも世界の情報を得ているのでは?
話せば話すほどテラとの乖離を感じ、新手の闇の罠の可能性を疑い始めた。
「どうしたのテラ? あなたは本物のテラなの? 私の心の弱さが見せた幻ではなかったの?」
ヴェントゥスとフィリアの顔をのぞきこむ。ふたりはいつもの幻影のようにぼんやりと光を宿さぬ瞳で、身動きひとつしてくれない。
「ヴェン! フィリア! あなたたちは話せないの?」
「アクア──落ち着くんだ──俺は本物であって本物の姿ではない──」
テラの言葉の意味が理解できず、「どういうこと?」と訊ねると、テラは眉を寄せて慎重に言った。
「俺をテラと呼ぶのなら、アクアに見えてるのは俺のかつての姿だろう──しかし見えているのは心の中にある過去の俺の姿──俺は暗闇の中にいる──」
「あなたもこちらに、闇の世界に来ているの?」
「いや、心だけが闇の世界に繋がってる──だからこうして話せているんだ──だが俺には何も見えていない」
テラを闇の世界に落とさぬ代わりに自分が来ることになった。あの時、ちゃんと彼を光の世界に戻せたことに安堵する。
「もしヴェンとフィリアが見えているのなら俺の姿同様、おまえの心が見せている幻だろう──」
「そうなのね──じゃあ、あなたもこのふたりも、もとの世界にいるのね?」
「おそらく──」
「よかった。でも、なぜここに?」
「繋がり──闇の中にアクアを感じた」
「でも、なぜあなたの心は闇の世界に繋がっているの? 暗闇の中ってどこにいるの?」
闇の世界から何か出来るのなら助けになりたい。しかし、テラは首を横に振る。
「俺のことはいい。それよりゼアノートはヴェンを捜している」
ゼアノートが健在していて、まだヴェントゥスを利用しようとしていることに業腹だったが、守りには自信はあった。ヴェントゥスを見つめながら答える。
「ヴェンは見つけられないわ。安全な場所に隠しているもの。姿も現しても何も話してくれないのは、まだ安全に眠っているからだと思う」
「それは──目覚めの部屋か?」
「そう──」
振り向きながら答えると、テラの茶髪が銀髪に変わっていた。肌も白肌から日に焼けた色へ。忘れもしない、闇の世界に堕ちる直前に戦った男と同じ。
「あなたは──誰?」
「何を言っている? 俺は──」
彼の背に光の粒子が集う。そこから先ほどまで話していた昔の姿のテラが形づくられ、とぼけようとした銀髪を背後から羽交い締めにした。
「ダメだアクア!」
「テラ!?」
テラがテラを押さえつける。もみあう両者にどうしたらよいのか惑った。幻にキーブレードは通じるのか。考えている間にテラが叫ぶ。
「俺はまだゼアノートと共にある。奴は俺を使いヴェンの居場所を聞き出そうとしたんだ!」
「黙れ!」
銀髪が怒鳴ると、周囲の闇がざわめきだした。
「俺はあきらめない! アクア! おまえも──」
腕が緩んだ一瞬を狙って、抜け出した銀髪がテラの顔をわしづかみにしてしまう。
「まだ抗うか!」
「テラ!」
助けようとして、背後から巨大な闇の手が現れてヴェントゥスとフィリアをふたりまとめて握りしめた。自分も、もう一本の手に背後から成すすべなく捕らわれる。
「アクア!」
テラが呼んでくれるが、彼も銀髪に押さえつけられ危険な状態だ。もがいてみるが、すさまじい力で絞められて息すらままならない。
「フィリアはもう見つけてある──ヴェントゥスの居場所も分かった。おまえたちには手も足も出せまい」
「なに……!」
銀髪が勝ち誇った顔で笑う。
「このまま闇に溶けてしまえ!」
もう片方の手に捕らえられてる二人を見た。ぐったりとしていて苦しむ様子すらない。
「ヴェン、フィリア──」
体が軋む。これ以上力を強められたら骨が砕かれてしまう。
「させるかー!」
その時、テラの渾身の声が聞こえた。霞かけた視界で彼を見ると、纏っている光から鎖があちこちへ伸びて、銀髪を縛り付け、自分たちを捕らえていた背後の闇にまで届く。
テラ。やっと会えたのに────。
それ以上は耐えきれず、意識はそこで途絶えた。
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