「奴の狙いはキミだ。だから、絶対に捕まっちゃいけない」

 愛しい男に守られて、唯一の家族も、守るべき国民すらも置いて逃げた。
 普段から、“あの男”は嫌いだった。しかし優秀で、父とこの国に必要な人間だと分かっていたので、王族に向けるにはあまりにも露骨に見下した厭らしい視線も、慣れ慣れしく触れてこようとする無礼にも耐えてきた。あれは、誰かの下に収まり続けるような殊勝な人柄ではない。自分が権力を握った時には追い出してやろうと思っていた。しかし、まさか、闇の魔物を操り、これほど大規模なクーデターを企てていたとまでは、誰が予想できようか。
 商品が置きっぱなしの露店の影に身を潜ませる。これまで守ってくれていたアラジンと別行動となり、誰もいなくなってしまった商店街の中央で、憎きあのジャファーが、見覚えのない、長いマントを着た人物と歩いているので、どうしても気になって接近したのだ。

「“鍵穴”は?」

 立派な二本の角を生やした、眼力鋭い女であった。そばかすもない青白さは、この砂漠の国の肌色ではない。外国の者だろうか。ジャファーは彼女に一歩下がるかたちで話しているので、彼のクーデターの重要な協力者であることは分かった。

「ハートレスどもに探らせておる。焦らずとも、時期に見つかるであろう。残る片方だが――」

 醜い鳥の鳴き声がして、赤いインコがジャファーの肩にとまる。イアーゴ。ジャファーのペットで、あの鳴き声のように汚らしい性格をした雄である。

「ジャファー! ちっとも見つからないぜ。どこ行っちまったんだよ、ジャスミンは?」

 名前を呼ばれ、思わず息を止める。ジャファーはフンと鼻を鳴らした。

「あいかわらず、わがままな姫君だ」
「この街の住人は、すべて捕らえたはずでは?」

 女の声は冷酷で、つめたい氷のようであった。

「アグラバーは、なにせ古い町でね。ネズミが隠れる穴も多いのだ。しかしマレフィセント、なぜジャスミン姫を? 姫などいなくても、“鍵穴”さえ見つければ、この世界も我らのものだろう」
「最後の扉を開くには、プリンセスが必要なのだ。7人のプリンセスが――」

 彼らの会話が聞こえなくなるのではと思うほどに、心臓がドクドク鳴っている。もし捕まったらこの国のためだけでなく、もっと、とんでもないことに利用されることを理解するのには十分だった。

「なるほど――。そういうことなら、わしとて協力は惜しまぬ。これ、おまえたち。早く姫君をお連れしろ」

 ジャファーの声に応え、空中からボコボコと大剣を握りしめた魔物たちが現れて、街の中を走ってゆく。あの魔物はすでにあらゆる場所に放たれている。もう逃げ場はほとんどなかった。

「闇の力に染まらなぬよう気をおつけ。でないと、いずれハートレスに呑みこまれるよ」

 ははは、とジャファーは笑う。

「このジャファーは、それほど愚か者ではない」

 もう一度、果物の隙間から彼らの姿を覗き見る。同じ人とは思えない、圧倒的な力を持った、冷酷な反逆者たち。いまはアラジンもおらず、動けるのは自分だけ。
 父と国のために、隠れているだけではだめだ。体じゅうが震え、泣き叫びたい気持ちを堪え、いま自分にできることを一生懸命考えた。
 ふと、用が済んだのか、マレフィセントと呼ばれた女が消えてしまった。残されたジャファーが街を探索しはじめたので、勇気を振り絞り、物陰に隠れながらジャファーを追った。




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