目の前からやってくる燃えるような色の岩を避け、フィリアはほっと息をついた。前回よりキーブレードの二人乗りが安定している――理由は二つ。
 まずは乗り方を変えた。ヴェントゥスの後ろに乗るのではなく横に立ち、重心を中央に寄せながらキーブレードの進む力に任せて進むのだ。もう一つは、シンデレラたちの世界でフォークのトランポリンや毛糸玉乗りをしたおかげだろうか。自分のバランスのとり方がヴェントゥスに合わせられるまでに上達していた。
 これで異空の回廊を安全に渡ることができる……のだが、大きな問題が一つあった。

「……恥ずかしい……」

 兜の中で、ヴェントゥスに聞こえないように呟く。
 お互い鎧越しなので、触れ合っても硬い感触しかしないのだけれど――抱きしめ合うというこの姿勢に心臓がずっと高鳴っていた。特に、包むように背にまわされたヴェントゥスの腕が気になってしょうがない。

「フィリア。今、何か言った?」

 すぐ側にあるヴェントゥスの兜がこちらを向く。真っ赤になっているであろう、熱を持った顔が見られないことに安堵しながら首を横に振って答えた。

「ううん。ちょっと疲れてきただけ」
「そっか。あそこの大きな光がきっと次の世界だから」
「もう少し……だね」

 平静を装って頷くが、胸の中には雨雲のような気持ちが溢れてくる。ヴェントゥスはこの状態を何とも思っていないのだろうか? 自分ばかりが緊張しているなんてなんだか悔しい。

“悔しい……?”

 そこで自分に疑問を抱く。そもそも、どうして自分はこんなにも緊張しているのだろう? 相手はヴェントゥスなのだから、むしろその逆のはずじゃあ――
 絡まってゆく思考に囚われていると、ヴェントゥスが次の世界に着地するためにキーブレードの速度を落とした。崩れかけたバランスを取るため腕の力が強くなる。ますます飛び上がる心音に、フィリアの混乱も増していった。





★ ★ ★





 暗い城の中で緑の炎が揺らめいている。妖しく燃え続けるその中にはふわふわ輝く光がひとつ。この城の主である魔女マレフィセントは、その光を見つめながらそっと口端を釣り上げた。
 これはこの世界の姫、オーロラから奪った心。オーロラは華やかな美貌と澄んだ歌声をもつ清らかな乙女であったが、彼女のもつ最も価値のある美しさはこの闇を持たない心だった。

「まったく、キーブレードというものは素晴らしいね……」

 マレフィセントは杖に飾られた水晶を撫でながらうっとりとひとり呟く。
 突如この世界にやってきた男――ゼアノートと取引し、オーロラの心を手に入れる代わりにテラという男を罠に嵌めた。
 御しきれていない闇に触れることは、自分にとって赤子の手を捻るよりも容易いこと。テラはいともたやすく騙されて、深い自責の念に囚われながらこの世界を去っていった。
 肩にとまっていたカラスが、答えるようにひとつ鳴く。マレフィセントは、視線を心からそちらへ向けた。

「おまえも、あの男を逃したのは惜しいことだと思うかい?」

 主人の気に聡いカラスの首が縦に動く。
 全ての世界を手に入れるにはあの鍵の力は必要不可欠。ぜひともあのテラを協力者としたかったが、ゼアノートと取引した手前、手荒に強要することはできなかった。

「いいさ。まだテラの他にもキーブレード使いがいるらしいからね。そいつらに、私の手助けをしてもらうことにするよ」

 くつくつと笑いながらマレフィセントは歩き出す。歓喜を含んだ笑い声は次第に大きなものになり、魔女の不気味な笑い声が石壁を反響して暗闇の城に響き渡った。




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