夜の帳がすっかり下りて、群青色の夜空いっぱいにたくさんの星が輝いている。
 小さなため息を何度も繰り返しながら、フィリアは自室の窓から夜空を眺めていた。いつもならすでに就寝している時間だったが、今夜は全く眠気がやってこない。

「いよいよ明日、テラとアクアのマスター承認試験かぁ……」

 明日は親友のテラとアクアがキーブレードマスターになるための試験が行われる。二人はキーブレードマスターになるために何年も厳しい修行を積んできた。その様子をずっと側で見てきたので、明日の試験のことを考えるだけで、まるで自分のことのように緊張してしまう。

「……綺麗な星空」

 こんな自分の気持ちなどおかまいなしに、星はきらきら瞬いている。それをぼんやり見つめていると、ふと、昔聞かせてもらった異世界の童話のことを思い出した。とある世界の老人がある星に祈ったところ、願いを叶えてもらったという物語だ。

「確か、特別な星だったはずだけど」

 おおまかな概要は思い出せたものの、肝心の部分が分からない。
 答えを求めて再び窓の外に目をやると、星たちの隙間を縫うように一筋の輝きが駆け抜けて行った。

「流れ星!」

 フィリアはその光を追いかけて、部屋の外へと走り出した。










 昼の姿と比べて寒々しい雰囲気の大広間。長年、毎日使ってきた場所であるが、夜ひとりで通るときは早足になってしまう。暗闇のなか、天井まで響く自分の靴音が不気味な気がして嫌いなのだ。

「フィリア」

 長い階段を降り終えて、やっと前庭へ続く扉を開こうとしたとき、穏やかな少女の声が呼び止めてくる。
 ここに住む女性は、自分の他にひとりしかいない。
 固まっていた頬の筋肉ががみるみる氷解していく。彼女の方を振り向くと、暗闇に立っているというのに、その姿は雪のように光って見えた。

「アクア!」

 名を呼ぶと、アクアはほころぶ花のように微笑んだ。
 毎日厳しい修行を繰り返しているにも関わらず、傷ひとつ見当たらない白い肌。紫を帯びた青髪は、綺麗なのだからもっと長くすればいいのにといつも思う。すらりと伸びた手足と女性らしい体型には、羨望の念を隠しきれない。
 自分にとって彼女は憧れ。外見の美しさだけでなく、慈しみ溢れる性格と凛然としたしなやかな強さは、同性ですら惚れぼれしてしまうほどに素敵なのだ。
 アクアがゆっくり階段を降りてくる。

「そんなに急いで、どこへ行くの?」
「いつもの場所だよ。アクアは?」
「私も同じ」

 隣で立ち止まったアクアは、もう片方のドアノブに手を置いた。

「いっしょに行きましょう」
「うん!」

 大きく頷き、同じタイミングで扉を開く。
 目指すはこの辺りを一望できる山頂。空を見るには絶好の場所だった。





★ ★ ★





 フィリアとアクアが山頂に向かっている時、そこではすでにヴェントゥスがひとり、地面に寝転がって星空を見上げていた。
 外の夜はまだ肌寒かったものの、明日を思うと、どうしても寝られそうにない。せめて眠くなるまでは――なんて考えで、もうずっと長い時間眺めている。

「すごく、きれいだ」

 きらめきわたる星たちに、何度目かの感想を呟いた。雲ひとつない、これほどまでに完璧な星空は滅多に見られるものではないだろう。

「やっぱり、フィリアも誘えば良かったな」

 いつもなら寝ている時間だなんて、遠慮してしまったことを今更ながらに後悔した。明日、この景色の素晴らしさを教えたら、きっと残念がられるに違いない。
 少しでもこの壮観を伝えられるよう、頬を膨らませるフィリアの顔を思い浮かべながら、改めて夜空を観察した。足元にすら星があり、まるでこの山が星空の風呂敷に包まれてしまったようだ。

「こんな星空、初めて見る」

 ――そうだっけ?
 突然、胸の奥がきゅうと締め付けられ、切ない気持ちがこみ上げてきた。思わず、胸元に片手をあてる。
 自分には、ここに来る以前の記憶がない。気が付いた時にはここで暮らしていて、同じ運命を背負った友と修行をしていた。
 もちろん、過去を知りたいと思ったことは何度かある。しかし、結局何もわからなかった。そのままこの地で過ごしていく時が増すごとに、遠ざかってゆく過去を思い出そうと思わなくなっていた。
 ――懐かしい?

「こんな星空、前にも……」
 
 見たことがあるのだろうか。
 考えているうちに、だんだんと瞼が重くなってゆく。
 閉じてゆく視界の中で、波の音と懐かしい声が聞こえた気がした。




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