ランブルレーシングは、決められたコースを如何に速くゴールできるかを競うという、実にシンプルなゲームだ。
 しかし、油断することなかれ。爆発物はさすがに禁止だが、他選手への魔法・物理攻撃による妨害は認められている。優勝者には巨大な箱に入れられた豪華賞品が与えられるらしい。

「一人で乗るのは久しぶりだな」

 キーブレードライドによく似たマシンに乗りながら、ヴェントゥスはスタートラインに向かった。今回の競争相手は、アイスの機械で知り合ったあのアヒルの子どもたちだ。それと……

「影を背負った孤高のレーサー、キャプテン・ダーク参上!」

 またでた。
 軽くめまいがする。キャプテン・ジャスティスは廃業したのか、紫と黒を基調とした衣装に身を包んだピートがのしのしやってきた。

「このキャプテン・ダークがいる限り、優勝はないものと思うんだな! ルーキー!」

 ガハハと笑いながら、当然のようにピートもスタートラインに並んだ。





「また、ピートさんがいるね」

 フィリアはチップとデールと共に、観客席からヴェントゥスとピートを眺めた。なぜか白い衣装から、黒い衣装に変わっている。

「ピートの奴、懲りたと思ってたのに!」
「きっと、フルーツスキャッターで負けたからさ。このゲームに勝って票を稼ごうとしてるんだよ!」
「票を稼ぐって、なんのこと?」

 フィリアが首をかしげると、二匹はフィリアを見上げて言った。

「ミリオンドリーム・アワードさ!」
「町一番の人気者を投票で決めるんだよ!」
「ああ、それで……」

 ピートと出合った時に見せた奇妙な言動はその為だったのかと納得する。

「ルールをすぐ破るから、出てほしくなかったのにー!」
「受け付けちゃったのはデールだろ〜!」
「まあまあ、喧嘩しないで」

 隣でキーキー鳴きわめく二匹をなだめながら、横目でヴェントゥスを見た。器用な彼のことだから心配はいらないとは思うものの、先ほどのゲームで、ピートは勝つために手段を選ばない性格だということが分かったし、妨害が推奨されているゲーム。ルールもよく破るらしいピートがヴェントゥスに何もしないとは考えにくい。
 不安が胸中をかけめぐるなか、いよいよスタートの合図が鳴り響いた。





 今回のゲームはカントリーコース。数あるゲームの中でも、一番シンプルで短いコースだ。意外なことにピートは別段問題を起こさず普通に走行していて、まもなく四周目が終わろうとしていた。
 アヒルたちの機体は軽く速いので、平坦な道ではヴェントゥスのマシンでは追い抜けない。しかしその速さ故に、ゴール付近のコース最大の難所である二つの竜巻を上手く避けきれず、毎回そこで空へ吹き飛んでいた。
 四周目でも見事に空へと吹き飛んでいったアヒルたちを横目に、ヴェントゥスが加速する。ここでトップに立ち他と差をつけないと勝ち目はないだろう。なんとか無事に竜巻を避けきり、トップへ躍り出ることに成功した。
 この調子ならいける。そう確信した時、後ろからあの笑い声が迫ってくる。

「ガハハハッ……これでもくらえーっ!」

 言うなり、ピートは黒くて丸い何かを思い切り投げつけてきた。それがようやく爆弾だと分かった瞬間には、地面に落ちて大爆発する。

「うわぁっ!?」

 とっさに減速し、マシンの向きを変えたので怪我はなかったものの、その隙にピートは最大加速。トップで最終周回へと入っていってしまった。

「あいつ……!」

 やはりルールを守りきれなかったか。このまま優勝させてしまったら悔しすぎる。
 バランスを取り直し、マシンを最大加速させてピートを追いかけた。





「……よかった、無事みたい」

 ヴェントゥスがピートを追いかけるのを見て、フィリアはほっと胸をなでおろした。しかし、まさか爆弾を投げつけるとは。

「また反則したー!」
「ルール違反だー!」

 フィリアの横でチップとデールが飛び跳ねて激怒した。

「またレーサー・テラにピートを懲らしめてもらえないかな?」
「でも、レーサー・テラはあれ以来見かけてないよ」
「え、テラ?」

 チップとデールのこぼした言葉にフィリアが驚いて質問しようとした時、レースで大きな動きがあったらしい。客席からドッと歓声が沸き、隣の人にすら声が届かないほどの騒ぎになった。





 ピートを必死に追うも、なかなか距離は狭まらない。
 焦るヴェントゥスの前に、コースをショートカットすることができる跳び台が見えてきた。
 あれを使えば、追いつけるかもしれない。可能性に賭けて跳び台へと乗ったその時、後ろから声が聞こえた。

「エンジン全開ー!」

 え、と思った時には後ろから突っ込んできたヒューイに機体をぶつけられていた。

「うわああぁっ……!」

 体勢の悪さも手伝って、そのまま空高く跳ね飛ばされる。





 ピートのマシンは頑丈に出来ているが、その分重い。その上に体のごとく重い操縦者が乗っているので、レース各所に置かれている加速装置や跳び台などの恩恵はあまり意味がなかった。その為、毎回このゲームに参加して正々堂々と勝負しても優勝はほど遠く。しかし大層気に入っているマシンを変えるなどという選択はしたくない。
 ならば上手く相手を妨害することができればと考えたが、小回りの利かない機体ではそれも難しい。そこで魔法が使えないピートがたどり着いたのが、ルールで禁止されていた爆弾だった。
 爆弾を使い、他の参加者からかなりのリードを奪ったピートは、ニヤニヤと笑いながらカーブを曲がった。

「このまま独走状態でゴールしてやる! そうすれば俺は人気者だ!」

 遠目に見えてきたゴールにグフグフと頬を緩ませたとき、ふっとピートの視界が暗くなった。

「なんだぁ……?」

 曇ったのではない。暗いのは機体の周りだけだ。疑問に思い上空を見ると、真上に黒い大きな鳥がいた。
 ――いや、違う――あの形は確か――

「うわああぁぁ……」

 悲鳴を上げてまっすぐ落ちてくる鳥。その上には子どもがくっついていた。

「ぎゃーっ!!」

 慌てて避けようとしたピートの機体は、大きく傾いて、そのまま派手な音を立ててコースアウトした。
 一方、ヴェントゥスはピートが避けてくれたので、無事にコースに着地する。

「ごっ、ごめん!」

 黒い煙をあげて倒れているピートに、その謝罪は届いたのか。本人にしか知るよしはない。





 ヴェントゥスがトップでゴールを通りぬけると、会場にいた観客たちが一斉に立ち上がって拍手した。

「ヴェンが優勝だー!」
「やったー!」

 チップたちが膝の上で飛び跳ねる。大歓声の中、ヴェントゥスがこちらを見つけ手を振ってきた。ほっと手を振り返し、観客席から飛び降りて彼に駆け寄る。

「ヴェン、おめでとう!」

 すると、ヴェントゥスは少し困ったように苦笑した。

「運がよかったんだよ」
「それでも、すごいよ!」
「ありがとう」

 微笑みあっていると、チップとデールが優勝賞品であった大きな箱をパカンと開いた。現れたのは溢れんばかりのポーションの瓶、瓶、瓶。

「これは……」
「優勝賞品の、ポーション一年分だよ!」
「一年分!?」

 デールの言葉に、ヴェントゥスの笑顔が引きつる。

「その、えーと……さっきピートがケガしてたから、全部ピートにあげちゃってよ」
「えーっ!? これはヴェンの賞品なんだよ?」
「いいんだ」
「ふぅん。ヴェンってとっても優しいんだね!」
「う……うん……」

 乾いた笑いを必死に浮かべる様子に耐えられず、顔を背けて口元を抑えて肩を震わせていると、ヴェントゥスがむっつり頬を膨らませる。

「フィリア、笑いすぎ」
「ふふっ、ごめん……!」

 それでも慌てる様子が可愛らしくてニコニコしていたら、むーっとしていたヴェントゥスが、ハッとある一点を指して言った。

「フィリア、次はあのに行ってみようよ!」
「いいよ、どれ?」

 承諾しながら先へ視線を向けると、見るからにホラーハウスな外見のアトラクションがそこにあった。フィリアの顔が青ざめる。

「ちょっとまって、だ、だめっ、あれはやだ!」

 慌てて首を横に振るも、ヴェントゥスは先ほどの仕返しといわんばかりに腕を掴んでそちらへ向かう。ずるずると引きずられながら、必死に叫んだ。

「わ、笑ってごめん! だから……あれだけはっ!」
「だーめ! ほら、行くよ!」

 そのまま、フィリアたちはディズニータウンの催し物を心行くまで楽しんだ。









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