闇の世界の、永遠に波音が流れる海岸沿い。水平線に居座る月は、沈もうとしているのか昇ろうとしているのかもわからない。
 あの日より光の世界には十年に近い時が流れた。そんな“いま”彼女を見つけたのは、やはり必然の出来事なのだろう。
 羊水で眠る胎児のように、闇のなか眠る姿は穏やかだった。普通ならば闇に溶けるか、闇に巣食う魔物どもの餌食になっているはずなのに。本来は白だったであろう服はほとんどが血痕や泥による茶の濃淡模様で塗りつぶされ、引き裂かれ、とにかくひどい有様だったが、その下にある肌に傷跡はひとつしか見当たらない。
 一点、闇の中で輝いている箇所を見た。掌に乗せた壊れかけのチャームが仄かな光を発している。まず、これに守られていたのかと仮説をたてた。
 不意に、彼女の瞼が僅かに震える。ゆっくりと目覚めてゆく。とっさに身構えたが、彼女の瞳はうつろで意思の力を宿していなかった。これでは、人形か抜け殻だ。

「なぜ、ここにいる」

 声に反応してこちらを見た彼女は無表情のまま、チャームを大層丁寧に扱いながら首を振った。

「わからない」

 感情の色がない声だった。それきり黙ったので、仕方なく質問を続けてゆく。

「おまえはずいぶん前に消滅した。なのに、どうして未だに存在している」
「知らない」
「何か特別なことをしたはずだ」
「覚えていない」
「思い出せ」
「できない」

 否定的な回答ばかりにややうんざりし、あちらから話をさせようと方向を転じる。

「おまえが記憶していることは?」
「思い出してはいけないこと」

 はっきりと答えて、彼女はチャームを握る手に力を込めた。耳障りの良い音が小さく響く。

「大切なこと。だから、すべて無くしてしまうしかない」

 ぽつぽつ語られる情報たちを組み合わせて、仮説のパズルを組み立ててゆく。
 なにかが彼女を助けた。それに絶望した彼女は、心が成長する過程の記憶をなくしてしまえば、能力も白紙に戻ると信じたらしい。
 封印の鍵は、あのチャームなのだろうとあたりを付けた。

「それは何だ」
「……つながり」
「つながりだと?」

 自然と口端が釣り上がる。これは滑稽。つながりによって彼女は消滅を免れたが、そのためにつながりを疎んじる結末になってしまったわけだ。
 無遠慮に近づき、力づくでチャームを奪った。ガラスに灯っていた光が消える。彼女の瞳にはじめて生気が蘇り、弱々しくも手を伸ばして抵抗を見せた。

「返して……!」
「『思い出してはならないという記憶』――それを無くせば、おまえは再び失った記憶を求めるだろう」
「私はそんなこと望んでない」
「おまえは、まだ利用できる」

 胸ぐらをつかみ、無理やり海の方へ突き飛ばす。彼女の手がフードの端に引っかかり、外れる。顔を見た彼女は目を丸くした。

「あなたは――!」

 そこで波に呑まれ、言葉は途切れた。








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