荒野の世界で爆発に呑まれたあと、次に目が覚めたときには不思議の塔、最上階の部屋の床の上で寝ていた。異空の回廊を漂っていたところをミッキーが助けてくれたのだとマスター・イェンシッドが教えてくれた。
隣にはヴェントゥスが壁に背を預ける格好で眠っていて、起こそうと試みたが目覚めなかった。心が深く眠ってしまっていて、今はどうしようもできないのだと、そう説明された。ヴェントゥスと出会ったばかりの頃も、彼が長く眠ってしまったことがあった。それ以上に状況は悪いと知り、目の前が暗くなるような気持ちになった。
部屋のなかに、テラとフィリアの姿はなかった。ミッキーに、二人は見つけられなかったのだと言われた。最後まで見届けていないが、消滅しかけていたフィリアに、ゼアノートと戦っていたであろうテラ。どこへ行ってしまったのか見当もつかない。
あまりの状況に絶望に囚われそうになるが、それでもつながりのお守りを見つめると強い気持ちが蘇った。だいじょうぶだ。自分なら、きっと彼らを見つけられる――。
「ヴェンを安全なところへ」
マスター・イェンシッドに預けるわけにもいかず、ヴェントゥスを背負って塔を出た。
でも、どこへ行けばいいのだろう。絶対に闇に脅かされないで、彼を休ませられる場所は――。
考えている途中で、ヴェントゥスの右腕がひとりでに動いた。いつも持っていた黒い翼のキーブレードを握り締め、前方に鍵穴――光る道を作り出す。
道を示すとヴェントゥスのキーブレードは消えてしまい、動かなくなる。それでも反応があったことが嬉しくて、笑顔がこぼれた。
「うん、わかった。あそこへ行けばいいのね」
ゆっくり光をくぐると、先は一転して暗い場所だった。城の前庭なのだと気づくのに必要以上に時間がかかった。大地は裂かれ崖になり、城は自分たちの部屋がもぎ取られたかのようになくなっている。
どうしてこんな状態に。周囲を見回していると、一本のキーブレードが落ちているのを見つけた。マスター・エラクゥスのものだ。彼が討たれたことは知っていたが、それでも改めて思い知り、ショックを受けずにはいられなかった。
彼の最期はどんなものだったのだろう。どんな思いで自分たちを待っていてくれていたのだろう。もう、二度と会うことは叶わないのだろうか。
「…………」
マスター・エラクゥスのキーブレードがあるならば、ヴェントゥスを隠すに最適な場所がある。
剣を拾いあげ、のろのろと城に入った。
中は外ほどにひどくはなかったが、割れたステンドグラス、崩れた壁、瓦礫ばかりの光景は、幸せだった日々の記憶とあまりにもかけ離れている。
「アクア。マスターとなったおまえに、一つ秘密を告げておく」
マスター試験に合格した日に与えられた使命。まさか、こんなに早く果たす日がくるとは夢にも思っていなかった。
「もし、我が身に何かがあった場合、そして闇の勢力から身を守る必要が来た場合、私のキーブレードでこの地を閉じよ」
いつもマスターが座っていた、背もたれが高い椅子。強固な造りになっているのかその辺りだけは無傷で残っていたので、中央の椅子にヴェントゥスを座らせた。
「代々、この地を守るのはキーブレードマスターの務め」
そして、その椅子の背後に回り、マスター・エラクゥスのキーブレードを持って立つ。
「光と闇の交わる均衡、この狭間の地を悪用されぬよう、歴代のマスターたちによって、ある仕掛けがなされておる」
キーブレードを構えると光が宿った。鍵穴が出現する。鍵穴から風が流れ、頬を撫でていった。
この世界を閉じることに、僅かにためらう。それでも息を大きく吸って、鍵穴へ剣を差し向けた。
「この地は姿を変え、訪れた者はすべてを忘却の彼方に失う――」
鍵穴から光が溢れ、世界を照らす。眩しくて目を開けていられなくなった。
「誰であろうとその謎は解けぬ。アクア、おまえにしか――」
光が収まったときには、すっかり部屋の様子は変わっていた。大広間が丸い小さな部屋になっていて、塗りたてのように真っ白な壁には、いくつもエンブレムが取り付けられ、ヴェントゥスが座っている中央の椅子を守るように鎖の絵が張り巡らされている。
「さみしい思いをさせるけど、少しだけ待ってて」
穏やかな寝顔を眺め、柔らかな髪を撫でながら囁く。
「テラとフィリアを連れて、必ず起こしにくるからね」
離れ難いが、意を決して部屋を出る。ヴェントゥスがひとり眠る姿を、扉を締切るまで見つめていた。
封印の影響で、城の外観もすっかり別のものになっていた。
狭間の世界。山道のあった場所には、代わりに灰色の崖道が続いている。
ふと、遠くからテラの声が聞こえた気がした。己を消してくれと頼む声。唇をきつく結び、まっすぐに先を見つめた。
「テラ。私を導いて」
果ての見えない崖道を進み、アクアは心が導く場所――レイディアントガーデンへ向かう。
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